寛平?延喜年間、大蔵一門のライバルである菅原一門は、菅原道真の讃岐守左遷、阿衡の紛議、道真の遣唐大使任命、昌泰の変と立て続けに災難にあっている。しかもこれらの諸災難を起こしたのは、いずれも善行の門下生たちなのである。この間、道真は蔵人頭から右大臣へと異例の昇進を遂げているが、善行はずっと大外記のままであった。少なくとも、善行にねたみというものが存在したことは確かであろう。
昌泰の変での道真左遷直後の延喜元年(901年)9月、善行が藤原時平以下門下生たちから盛大に七十の賀を祝ってもらったというのも興味のある出来事である。
関連史料
『大日本史料』一の四(延喜十七年是歳条)
参考文献
『国史大辞典』(吉川弘文館)
阿倍猛『菅原道真』(教育社)
坂本太郎『菅原道真』(吉川弘文館)
所功『三善清行』(吉川弘文館)
『新潮日本人名辞典』(新潮社)
『日本古代氏族人名辞典』(吉川弘文館)
外部リンク
⇒阿衡の紛議
⇒昌泰の変
カテゴリ: 平安時代の人物 | 日本の学者 | 京都府の歴史 | 832年生 | 921年没
更新日時:2008年4月12日(土)04:10
取得日時:2008/09/21 14:13