大相撲
■毎日更新無料動画!
■未公開流出画像満載

[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]


東西制と系統別総当たり制

番付には、東と西という区別がある。江戸時代から明治時代にかけては、東と西とは分けられており、番付の昇降も東西それぞれで行われ、東西の同じ側同士の対戦はなかった。また、東と西との2枚の番付を作っていた大坂相撲とは違って、東西を1枚にまとめた江戸相撲では、東が右側に配置されていたが、最初は東西の間に優劣はなかった。

1890年(明治23年)5月に、横綱免許を受けていた大関・初代西ノ海嘉治郎張出大関にさせられることに抗議した結果、番付上に初めて〈横綱〉が明記されたとき、東に張り出されたことから、横綱を東方におくようになったことで、東が優位という印象が明確になっていった。

1909年(明治42年)の夏場所に、国技館が開館したときに、幕内に団体優勝制度ができた。番付の東と西とで対抗戦をして、勝ち星の多いほうに優勝旗を授与し、翌場所の番付を東に配置することにしたのである。これを東西制と呼んだ。優勝旗は勝った側の関脇以下の幕内力士のうち最優秀の成績をあげた者が優勝旗手の栄誉を得ることと決められた。これは好評を呼び、当時の好角家の間でも、〈出羽海びいき〉〈連合(非出羽方)びいき〉という区別もできた。ただし、東西の戦力バランスの関係や、横綱が片方に偏らないように、ときどき東西の組み替えも行われた。

なお、このシステムは幕内だけで、十両以下に関しては系統別総当たり制で東西の区別もなかった。

1932年(昭和7年)の春秋園事件の結果、脱退者が多く、幕内力士の人数が少なくなったために、春場所から東西制を中止し、一門による系統別総当たり制を幕内でも実施するようになった。しかし、出羽海部屋の幕内力士が増加し、公平な取組をつくることが難しくなったので、1940年(昭和15年)1月場所から、ふたたび東西制にもどし、団体優勝と旗手の制度を復活させた。しかし、それでも東西のバランスをとることはむずかしく、配置換えも何度もおこなわれ、伊勢ヶ濱部屋朝日山部屋の力士が東西に振り分けられることさえあった。(もちろん同部屋の力士同士の対戦はなかった)

戦後、大相撲の人気回復のために、優勝決定戦三賞制度を導入すると同時に、取組の多様化を進めるために、1947年(昭和22年)11月場所から、系統別総当たり制に戻した。しかし、立浪部屋時津風部屋が一門としては別なのに、師匠同士が兄弟弟子(羽黒山政司双葉山)というだけの関係で対戦がないことや、二所ノ関一門が次々と分離独立していったことから、再び取組が硬直化して不公平感が生じてきたので、1965年(昭和40年)1月場所から、完全な部屋別総当たり制を実施し、現在に至っている。

平成時代初期に、二子山部屋武蔵川部屋の幕内力士が上位に集中したことから、個人別総当たり制が話題になったこともあったが、養成員(幕下以下の力士)時代は大部屋で共同生活を送るという相撲部屋のしきたりから考えると、個人別総当たり制の実現は今後もまず不可能であると考えられる。


力士の条件と待遇


力士の条件

力士になるには各相撲部屋に入門しなければならない。入門にはいくつかの条件が存在する。
年齢制限。これが最も各人がいかんともし難い条件かもしれないが、日本相撲協会寄附行為施行細則第55条により「義務教育を修了した23歳未満(新弟子検査日)の男子」と決められている。現役小中学生や23歳以上の人間は力士にはなれない(23歳以上でもアマチュア横綱等になり序ノ口を飛ばして幕下付出になる場合はこの限りではない)。

必要なもの。親権者の承諾書、戸籍謄本または抄本、健康診断書、住民票中学校の卒業(見込)証明書、スポーツ履歴、力士検査届。これらのものは上記の検査を受ける前に所属部屋の親方から相撲協会に提出しなければならない。

以上の条件をみたして、新弟子検査を受検する。合格には以下の条件を満たす必要がある。
身長167cm、体重67kgが新人力士の最低合格ラインとなる。ただし、ある一定の体格以上かそれ以下かで受ける検査は異なる。第一検査の合格ラインは身長173cm、体重75kg以上。この審査に合格すればこれ以上の審査は必要なく、その日のうちに健康診断心電図検査、超音波検査を行い、晴れて力士として認められる。この検査は毎場所前に行われる。3月場所は中学卒業見込みのものが受検できるので、この時期の検査が通常年間で受検者が一番多い。

第一検査の基準を満たさずかつ身長167cm、体重67kg以上の場合には第二検査を受けることが出来る。第二検査は、年二回両国国技館で行われる。検査項目は背筋力(最大筋力検査)、ハンドボール投げ(同)、握力(同)、上体起こし(筋持久力検査)、垂直とび(瞬発力検査)、反復横とび(俊敏性検査)、50m走(走力検査)、シャトルラン(心肺系持久力検査:20mの往復走の連続)がある。 合格基準は、文部科学省得点基準と同等の得点表に照らし、現役力士の下位30%と同等以上の成績(23点)で合格となる(18歳以上の志願者は同下位50%と同等以上の成績(28点)で合格)。スポーツ選手だからといって決して人並み以上の運動能力を要求されるわけではない。この第二検査をパスすると晴れて力士として認められる。

以上の検査が終われば、いよいよ前相撲から土俵人生が始まる。そして場所後は相撲教習所に通い、実技と学科の授業を受ける。また、部屋での稽古が始まる。 但し以前から稽古の名を借りた集団暴行の存在の噂があったが、ある不幸な事件によりその存在が公の下に晒された。この教訓から入門の際の相撲部屋の選択には十分な注意と調査が必要であると考えるべきである。


力士の報酬

大相撲力士の報酬制度は、地位によって与えられる給与・手当と力士褒賞金(給金)といわゆる2階建てになっている。

(2006年1月現在、単位:円)

項目横綱大関三役平幕十両
月額給与282万0,000234万7,000169万0,000130万9,000103万6,000
年額給与3,384万0,0002,816万4,0002,028万0,0001,570万8,0001,243万2,000
年額賞与564万0,000469万4,000338万0,000261万8,000207万2,000
特別手当120万0,00090万0,00030万0,000  
出張手当115万5,00099万7,00085万0,00074万5,00068万2,000
力士補助金7万5,0007万5,0007万5,0007万5,0007万5,000
力士褒賞金60万0,00040万0,00024万0,00024万0,00016万0,000
年額報酬4,551万0,0003,723万0,0002,632万5,0002,058万6,0001,622万1,000


力士褒賞金は、本場所ごとの最低支給金額(年額報酬では6場所分で計算)。


給与

十両以上の力士には、次の通りの金額が月額給与として支給される。支給単位は本場所ごとになっているため、11月場所で十両で負け越し、1月場所で幕下に陥落した場合でも12月分の給与は支給される。このため、幕下陥落が確実になり引退の意思を表明した力士が、翌月分の給与確保のため引退届提出を番付発表後まで遅らせ、番付に名を残すケースも多い。


無料のエ○本?高画質
動画も対応オススメ!

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:87 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki