歴史的に見て、力士は永く薄給で酷使されてきた。江戸時代には本場所の興行収入は一部の年寄たち(相撲会所、現在なら相撲協会に相当)によって山分けされ、看板となるような人気力士、花形力士は別として、大半の力士への給与はなけなしのものだった。
三役力士ともなれば、大名家からお抱えとされ、藩士としての報償を受け取り、また贔屓客からの祝儀もあった。こうした力士は地方巡業へ出掛ければ各地の興行主(勧進元)から引く手あまたであって、むしろ懐は他の武士階級より潤っていたが、そうでない大半の力士は、細々と自主興行による「手相撲」で地方巡業を行い食いつないでいた。もちろん、いわゆる「力人信仰」から来る善意の喜捨も多く、本当に食うにこまるまで困窮する力士も少なかったが、本場所で「星を売る」、いわゆる八百長行為も横行していたと見られており、現在でも度々、八百長行為の存在が指摘されている。
明治に入って以降も、大名家が藩閥政治の有力者となった以外、こうした状況は変わらなかった。そのため力士による待遇改善要求は度々おこり、昭和における春秋園事件はその最後にして最大のものだった。相撲取りが相撲を取ることによって生計が立つようになったのは、昭和に入ってからと言って良い。
1958年(昭和33年)、こうした相撲界の体質が国会でも問題視されて以降、月給制など力士の待遇改善の試みが進んだ。それでも、年6場所と相撲協会主導の地方巡業によって、一年のほとんどを拘束される力士たちに対して、「時給で見れば世界でもっとも可哀想なプロスポーツ選手」などの声もある。一方で、税金対策や引退時の退職金制度など、表面に表れにくい部分で他のプロスポーツよりむしろ充実しているという見方もある。たとえば、国技館内には力士のみならず一般の診察も受け付ける相撲診療所があったり、社会保険組合を独自に運営している点(プロ野球選手は国民健康保険)、また厚生年金制度を導入していること(プロ野球選手は基本的に国民年金)など、外からは見えにくい部分での福利厚生が充実しているとも言える。
金銭の面に関しては、角界というのは、とにかく後援者(タニマチ)からの祝儀が大きな収入源のひとつになっている。各力士によってタニマチの大小はあるが、横綱・大関などへかなり有力な人物がタニマチとしてバックに付くと、優勝すれば1,000万以上の祝儀が集められるという。とくに千代の富士全盛時は一晩で5,000万集まったという。横綱の月給が282万であり、他のプロスポーツのトップクラスに比べて相当に安いのだが、これは角界ではこういった後援者からの祝儀が表面の給与に比べて大きな比重を占めているという現実がある。とくに年寄株の取得資金、部屋経営の資金、有力学生相撲選手の獲得資金など、角界はタニマチなしでは成り立たない構造となっている。
大相撲は、力士が大銀杏などまげ(髷)を結うなどの大和民族の伝統的・古風な文化の他、土俵上への女性の立ち入りを認めない(春場所では当時の大阪府知事太田房江による知事賞の直接授与が認められなかった)など、男性優位の「伝統」が強く保たれている。
横綱審議委員会と言う諮問機関や、一部の事務職を外部から採用している以外、すべて元力士(年寄)によって運営され、その閉鎖性は繰り返し指摘される。かつてはおおむね年寄は短命であり、年寄株もむしろ余り気味なのが通例だったが、近年では空き株がほとんどない状況が続いている。結果として年寄株の高騰を招き、「準年寄」制度の導入などで対応したが、それでも数々のトラブルが発生している。なお、準年寄制度は2007年に廃止された。
小錦、若乃花(花田勝)、曙といった、大関・横綱を務め人気もあった人たちが次々協会を離脱しているのには、芸能界や格闘技、プロレスなど他分野に新天地を求めたい気持ちがあるが、親方になっても日本相撲協会から雇われる身という将来が保証されていない現状であり、そうした先行きの不透明感も一因としてあると言われている。
さらには、伝統に対して対立していた朝青龍に対し多々の問題に関して、日本相撲協会が2007年には2場所出場停止と謹慎という異例の処分を下したことにより日本並びにモンゴルのマスメディアがこの処分を大々的に報道し、騒動となった。
なお、年寄になるためには、日本国籍が必要である。大相撲界の大和民族主義と運営の閉鎖性の問題もあるが、これは日本相撲協会が文部科学省所管の財団法人であることが大きい。
現実に外国出身で三役、横綱まで務める者が現れているが、彼らは協会に残るために日本国籍を取得(帰化)している(前述の元関脇・高見山、現・東関親方など)。
また、度々力士養成員の手当金の親方による着服疑惑とそれによるトラブルが指摘され続けているが、関取になったときに力士として認められるという慣習ゆえに、対応が取られた様子は当然ない。
大相撲の公演中、升席では喫煙が認められていたが、健康増進法の施行に伴い、2005年(平成17年)1月場所から全館禁煙となった(室内スポーツの観覧席で唯一タバコが吸えたのが大相撲の升席であったが、以前から他の観客や力士の健康や防災面からも異常との指摘も多く、ようやく重い腰を上げた形である)。そのため、升席で使用していた灰皿が相撲博物館に寄贈された。灰皿は陶製の物であるが、木枠に入っているなど特殊な形状をしている。
俗に「かわいがり」と言われる(稽古に名を借りた)私刑が横行している状況であり、新人に対し竹刀を用いて身体を叩くなどの厳しい指導を行うことに対する批判がある。→体育会系
2007年には時津風部屋力士暴行死事件が発覚。愛知県警が双津竜順一らを立件する事態にまで至り、日本相撲協会北の湖敏満理事長が文部科学省より呼び出され事情を説明する騒ぎとなっている。また、時津風部屋では日本相撲協会による事情聴取についてマスメディアが駆け付けた際に時津風部屋所属力士が憤慨しカメラマンに暴行する事件も発生している。
また、近年の日本では力士になりたいと思う少年が次第に減少し、2007年の名古屋場所では新弟子検査の受検者が0人であった。さらに大学相撲出身者と外国人力士の増加により、宗教色を帯びた伝統的な儀式というよりも一般スポーツ競技の一種としか捉えていない力士も多い。
その他
1961年(昭和36年)から1991年(平成3年)まで、パンアメリカン航空賞が優勝力士に送られていた。この贈呈にはパンアメリカン航空極東支配人のデビッド・ジョーンズが、「ヒョー、ショー、ジョォー」という独特の言い回しで始まる、方言なども取り入れた、ウィットに富んだ表彰状の読み上げを行い、好評を博していた。ジョーンズの注目度が非常に高かったため、多くの国々から友好杯などの賞が増えるきっかけともなった。残念ながら1991年(平成3年)5月場所を最後に同賞は廃され(パンナム自体その約半年後に倒産)、ジョーンズも2005年(平成17年)2月2日に逝去している。
NHKがテレビ中継する際、懸賞の垂れ幕はCMになるため、文字が見えない程度まで広角に撮影し、会場の音声も出来るだけ絞って放送している(懸賞を参照)。