憲法や法令に首都の規定はないが、大正12年9月12日詔書で「東京ハ帝国ノ首都」とされている。東京は大日本帝国の首都として帝都と称され、宮城(きゅうじょう、皇居)が所在し、内閣、各省、枢密院、大審院が位置し、帝国議会が開かれ、戦時には大本営が置かれた。
東京以外の首都機能としては、天皇の所在を示す高御座が京都御所に安置され、即位の礼や大嘗祭が行われていたことから、京都市がその一部を担っていたといえる。また広島は、日清戦争中に天皇の行在所や大本営が置かれ、帝国議会が開かれたので、臨時の首都を務めたとも言える。なお、大東亜戦争で本土決戦になる場合は天皇と大本営を長野県松代町の地下壕に移す予定であったが、本土決戦が行われることなく終戦したため実現しなかった。
領土は完全な領有権を有する区域であり、内地、樺太(後に内地に編入)、台湾、朝鮮からなる。このほか一時遼東半島を領土としたことがあった。各領土の来歴は下記のとおり。領土面積は最大675千km2。各領土の概要は下記のとおり。
内地
日本列島および周辺の島嶼からなり、現在の日本国の領土とほぼ一致する。内地の来歴は以下の通り。
本州・九州・四国:日本の古来からの領土(東北地方は平安時代以降)。古事記は淡路、対馬、壱岐、隠岐、佐渡と合わせて大八島と呼ぶ。
北海道:中世以来徐々に統治権を及ぼす(参照:和人地)。1855年の日本国魯西亜国通好条約(安政元年12月21日締結)により択捉島と得撫島の間に国境を確定。
沖縄:日清両属の琉球王国だったが、1872年、第一次琉球処分により琉球藩を設置して琉球国王を藩王とし(明治5年(1872年)9月14日詔勅)、領土であることを確認(公文録明治5年外務省付録)。
千島:1875年千島樺太交換条約(明治8年太政官布告第164号)により得撫島以北の18島を領土に加える。
小笠原:1876年、官吏を派遣し実効統治する旨を各国に通知し、領土として確定(明治9年10月17日小笠原島ニ関スル在本邦各国使臣宛文書)。
このほか以下の島々を内地に編入した。
北大東島・南大東島:1885年調査隊を派遣し国標を建設。同年沖縄県編入(公文録明治18年内務省ノ部)。
硫黄島・北硫黄島・南硫黄島:1891年小笠原島庁の所轄とする(明治24年勅令第190号)。
南鳥島:1898年小笠原島庁の所管とする(明治31年(1898年)東京府告示第58号)。
魚釣島・久場島:1895年沖縄県の所管とし標杭建設を決定(明治28年内甲第2号閣議決定)。現在は尖閣諸島と呼ばれる。
沖大東島:1900年沖縄県に編入(明治33年沖縄県告示第95号)。
竹島:1905年島根県に編入(明治38年島根県告示第40号)。
中ノ鳥島:1908年小笠原島庁の所管とする(明治41年東京府告示第141号)。その後再発見できず、1946年水路図誌から削除。
沖ノ鳥島:1931年東京府小笠原支庁の管轄とする(昭和6年内務省告示第163号)。
樺太
日持上人が訪れるなど、古くは鎌倉時代から日本との関わりがあり、江戸時代は松前藩の陣屋やアイヌなどとの交易場所なども設けられていたが、樺太島仮規則などの不平等条約でロシアとの雑居地とされた後、1875年、千島樺太交換条約によりロシアに譲渡。1905年、日露戦争(樺太作戦)で占領し、同年のポーツマス条約(日露講和条約、明治38年勅令号外)により北緯50度以南を割譲させ回復。1943年内地に編入した(昭和18年法律第85号)。樺太庁を参照。
台湾
台湾本島と澎湖島を日清戦争で占領し、1895年、下関条約(日清講和条約、明治28年勅令号外)により、清国に割譲させて獲得。1938年、新南群島を台湾高雄市に編入した(昭和14年台湾総督府令第31号、台湾総督府告示第122号)。日本統治時代 (台湾)の項を参照。
遼東半島(奉天半島)
日清戦争で占領し、1895年、下関条約により清国に割譲させて獲得したが、三国干渉を受けて、同年中の奉天半島還付ニ関スル条約(明治28年勅令号外)により返還した。この間、ごく短期ではあるが、領土であった。
朝鮮
1910年、韓国併合ニ関スル条約(明治43年条約第3号)により領土に加え、 ⇒韓国ノ国号ヲ改メ朝鮮ト称スルノ件(明治43年勅令第318号)により朝鮮に改称した。日本統治時代の朝鮮の項を参照。