※中日出身者で名球会に加入している選手が現役時代につけていた背番号(41・1=高木守道、14・41=谷沢健一)はすべて永久欠番にはならず、在籍選手での会員である立浪和義の背番号(3)を永久欠番にする話もない。これは中日での永久欠番の条件が日本一に貢献した選手に限られるためと言われている。
※ただし、1954年に日本一になった時の最大の功労者である杉下茂の背番号(20)が永久欠番になっていないのは、一旦引退しながら1961年に大毎オリオンズで現役復帰したからだと推測されるが、それは正しくない。
杉下の背番号(20)も永久欠番にする話があったが、すでにチームを退団した服部や西沢と違い杉下は当時監督としてチームに残る予定だったので、「保留」にしてもらった、と後のテレビ番組にて本人が語っている。したがって現在も保留中状態にあるが、杉下本人は背番号(20)が代々受け継がれていくことを望んでいる、と語っている。
球団マスコットは以下の3体。
ドアラ - 名古屋市千種区の東山動物園のコアラにちなんだキャラクター。アクション担当。背番号は000、のち1994。2003年には、期間限定マスコットとして、ゴールデンドアラも登場した。珍プレー好プレーでイジられる姿がよく映った。なおマスコットの中では、バク転を披露するなど、リーダー的活躍。
シャオロン - 下記で述べるように2匹は龍の子供という設定である。ドーム元年となった1997年、公募により誕生。由来は中国語で龍の子供を意味する“小龍”(しゃおろん)。水色。背番号は777、のち1997。
パオロン - 2000年より登場。シャオロンの友達とも妹ともいう。ピンク色。背番号は2000。
たまにシャオロンとパオロンを見た目から「カバの兄弟」と勘違いされるが、彼らのモチーフは龍である。
関連マスコット
ガブリ - 2006年に球団創設70周年を記念して設立された球団公式ファンクラブのマスコット。龍をモチーフにしている。宮崎駿がデザインを担当し、名前は公募でつけられた。
ドムラ - ナゴヤドームの公式マスコット。ゴリラをモチーフにしている。
歴代の球団歌
『ドラゴンズの歌』
1950年発表。小島情作詞 サトウハチロー補作詞 古関裕而作編曲 伊藤久男歌唱。1949年(昭和24年)、中部日本新聞社が曲詞を一般公募。小島情の詞を第一等入選とし、中日ファンであったサトウの助力を受けて、巨人、東急、阪神の球団歌を手がけた古関により仕上げられた。翌1950年(昭和25年)3月21日、セントラルリーグ発足式で発表会が行なわれ、レコードが発売された。B面は、やはり名古屋の「名古屋タイムス社」一般公募による当選詞に藤浦洸の補作詞、古関作曲、「宝石の声をもつ」と讃えられた安西愛子の歌唱による「私のドラゴンズ」が収められていたが、中日、名古屋タイムス、両紙の関係が良好ではなかったため2曲とも歴史の闇に眠ったままであった。(アナログLP盤「懐かしのSP盤黄金時代」(日本コロムビア) 曲目解説文・改)しかし、『ドラゴンズの歌』は2006年発売のアルバム『昇竜魂?ドラゴンズ70thメモリアルソングス?』に収録された。
『燃えよドラゴンズ!』
1974年にCBCラジオの企画で作られた応援歌。中日の代表的な応援歌であり、毎年選手の入れ換えとともに歌詞が変わる希有な応援歌でもあり、球団歌・応援歌の中でもっとも広く定着している。詳細は同項を参照。
『夢は1001、ドラゴンズ』
1987年、星野仙一監督の就任とともに『燃えよドラゴンズ!87』とともにリリースされた中日のイメージソング。
『ドラゴンズに乾杯!』
1991年、『燃えよドラゴンズ!91』の発売と同時にリリースされた歌。『燃えよドラゴンズ』『少年ドラゴンズの歌』『燃えよガッツだドラゴンズ』『ダッシュだ!!ドラゴンズ』『夢は1001、ドラゴンズ』の流れを引き継ぐイメージソング。作詞作曲は山本正之、編曲は神保正明。
『勝利の叫び』
歌はドラゴンスターズ、水木一郎のヴァージョンとがある。
『嵐の英雄(ヒーロー)』
歌はドラゴンスターズ。
主なキャンプ地
沖縄県北谷町・北谷公園野球場 (一軍)
沖縄県読谷村・読谷平和の森球場 (ファーム)
中日ドラゴンズはナゴヤドームでの主催試合のほかに、下記のように毎年6試合ほどの地方遠征を行う。なお豊橋・浜松、岐阜・福井、富山・金沢と球場の場所が比較的近いのを考慮して日程が編成されている。特に富山・金沢の試合は北陸シリーズと呼ばれたりする事が多い。またバックネット裏の広告もナゴヤドームの場合のトヨタ自動車ではなく、球場ごとに異なる広告が掲示される(例:長良川-大垣共立銀行、豊橋-SaLa など)
なおオープン戦の場合は、キャンプ地の北谷球場をかわきりに、浜松市営球場・長良川球場を除く下記に記された以外の東海地方の各都市(岡崎・豊田・小牧)でも開催されることがあり、毎年多くの観客が来場したりしているほか、東海テレビ・CBCテレビで中継されている。