西多摩郡、南多摩郡、北多摩郡の3つの地域の総称で、現在では東多摩郡に当たる中野区と杉並区を除く。おおむね多摩川と秋川の合流地点よりやや東の米軍横田飛行場付近から西が西多摩地域、それより下流の多摩川の南側が南多摩地域、北側が北多摩地域である。
タクシー業界では武蔵野市と三鷹市が、路線バス業界ではこれに加えて調布市と狛江市が特別区扱いとなる。電話の単位料金区域(MA)では、狛江市の大半と調布市、三鷹市の各一部が特別区扱いになる(市外局番03)。それ以外は0428の青梅料金区と0422の武蔵野三鷹料金区の一部を除き、現在、市外局番はすべて042に統一されたが、料金区は依然、武蔵野三鷹、国分寺、立川、八王子、相模原、青梅に分かれており、違う料金区にかける時は、頭に市外局番をつける必要がある。
本来の多摩地域は、令制国の武蔵国多摩郡に当たり、中野区と杉並区も含まれるため、「東京都の特別区と島嶼を除いた地域」を指す名称としては、「多摩地域のうち東多摩郡を除く、西多摩郡、南多摩郡、北多摩郡の多摩3郡域」という意味で三多摩(さんたま)の語の使用が正しい。
しかし、東多摩郡の旧東京市への編入(編入当時は豊多摩郡)から70年以上が経ち、中野区や杉並区域が「多摩」であるという意識は薄れている。また市制施行等により西多摩郡以外の2郡は消滅した。そのため、「三多摩」の語の使用頻度は減少しつつある。ただし、東京都議会の選挙区として北多摩第一?第四、南多摩の各選挙区がありその名前を留めている(→東京都#都議の選挙区)。
三多摩の行政区画の変遷
西多摩郡
西多摩郡は現在の青梅・福生・羽村・あきる野市も含んでいたが、現在は瑞穂町・日の出町・奥多摩町・檜原村の3町1村を残すのみである。旧郡役所所在地:青梅町(郡役所廃止1925年当時)
南多摩郡
南多摩郡は現在の八王子・町田・日野・多摩・稲城市の区域だったが、1971年に多摩・稲城の市制施行に伴い消滅。旧郡役所所在地:八王子市(同上)
北多摩郡
北多摩郡は現在の武蔵村山・東大和・東村山・清瀬・東久留米・西東京・昭島・立川・国立・小平・国分寺・小金井・府中・三鷹・武蔵野・調布・狛江市及び世田谷区の西部(旧 砧村・千歳村)の区域。1970年に村山町が武蔵村山市に昇格したのを最後に消滅した。旧郡役所所在地:府中町(同上)
東多摩郡
東多摩郡は1896年に南豊島郡と合併して豊多摩郡の一部となり、1932年に旧東京市に編入された。現在の中野区、杉並区に相当する。旧郡役所所在地:中野町(同上 1896年当時)
「東京都内」「都内」という場合には多摩地方や島嶼も含めて東京都全域を指すが、特別区に対して、多摩地域を「都下」と呼称する場合もある。同義で使用される「県内」「県下」とは異なる。この差異は、かつて「東京市内」「東京府下」とされた呼称が、1943年7月の東京市・東京府の合併による東京都発足の際にそのまま「東京23区内」「東京都下」に呼び変えられたことで起こったもので、慣習的な表現である。現在は、俗称の「都下」という表現が使われる機会は減少している。
多摩地域に加えて、神奈川県の国道246号沿線(川崎市の多摩区、麻生区、宮前区、高津区、横浜市青葉区、緑区、都筑区)や相模原市、埼玉県のうち旧入間県(所沢市、狭山市、入間市、川越市などの南西部)は、電気・電子機械製造業の工場・開発拠点、大学などの教育研究機関が集積しているため、旧通商産業省関東通商産業局は、この一帯を総称して「広域多摩地域」と名付けた。また、TAMA産業活性化協議会は、この広域多摩地域の総称を、「Technology Advanced Metropolitan Area」(技術先進首都圏地域)の頭文字を取って「TAMA」と名付けた。またこれらの地域は多摩地域とのつながりも深い。
「多摩梨」という語があるが、これも幾つかの定義を有する。
多摩地域で生産される梨。特に稲城市や神奈川県川崎市多摩区の内東急田園都市線より北西側の多摩川流域で生産される梨を指す。なお、「多摩川梨」ともいう。
現在の多摩地域は、令制国の武蔵国多摩郡に相当する。この多摩郡には、武蔵国の中枢機関に当たる国府(現在の府中市)と国分寺(国分寺市)、一宮(多摩市)が置かれた。なお、武蔵国は、現在の東京都全域および埼玉県全域と神奈川県東北部を含む広い版図だった。
この地域にはかなり古い時代から渡来人が住んでいたと考えられており、亀塚古墳のある狛江郷(狛江市)は高句麗に由来するとされる。この他にも渡来人に纏わる伝承は多い。武蔵野台地の開発は渡来人の潅漑技術による所が大きいとされる[要出典]。
延喜式神名帳には、足立郡に氷川神社(名神大社)、多摩郡に小野神社(一宮)、阿伎留神社、青渭神社、穴澤天神社、大麻止乃豆乃天神社等が見える。