多摩郡内の旧幕府・旗本領は韮山県や品川県などに編入されたが、川越藩領との移管も含めて、各町村ごとの管轄の変遷は極めて錯綜している。1871年8月29日(旧暦7月14日)の廃藩置県後、同年12月(旧暦11月)に多摩郡は東京府と入間県に分割されたが、多摩郡内が横浜に居留する外国人の遊歩区域に含まれるとの神奈川県知事・陸奥宗光の上申により、全域が神奈川県に移管された。ただし、東部の中野村ほか31村(現在の中野区・杉並区)は1872年9月に再び東京府へ移管された。1878年11月に施行された郡区町村編制法により、神奈川県管下の区域は3分割され西多摩郡、南多摩郡、北多摩郡に、東京府管下の区域は東多摩郡となった。
この後、多摩3郡は1893年に東京府へ移管された。この理由は、帝都の水源である多摩川を東京府の管理下に置くためとされたが、当時の政府が日清戦争に備えての海軍力増強予算を帝国議会で成立させるためだったとも言われる[要出典]。この時期の多摩地方は自由民権運動の中心でもあり、五日市憲法草案(あきる野市)もこの地で生まれている。[4]
1895年に内務省が東京15区を政府の管理下に置くために「東京都制および多摩県設置法案」が出されたが、帝国議会や東京市民から自治権を奪うものだとして反発を受け、成立には至らなかった。しかしこの時期、「武蔵県」構想や「多摩県」構想が存在したことは事実である。[5]
1943年7月1日、内務省によって東京府と東京市は合併を強いられ[要出典]、東京都が設置された。東京都発足時、道路・公共施設等の都市基盤の整備状況は特別区と三多摩地域とで大きな差として生じており「三多摩格差」の語が生まれた[要出典]。
1958年(昭和33年)10月15日には、埼玉県入間郡元狭山村が、西多摩郡瑞穂町へ編入され、多摩地域には大規模な住宅団地や工業団地が進出し、多摩丘陵には全国最大規模の多摩ニュータウンが建設された。このニュータウンの完成に合わせて、京王電鉄相模原線、小田急電鉄多摩線が開通した。また、特別区のキャンパスが手狭になった大学の移転も相次いだ。
1964年に開催された東京オリンピックでは、八王子市に仮設された「八王子ロードレースコース」にて自転車競技が行われた。また1967年、全国第2の高速道路として中央自動車道が開通した。この道路の初めての開通部分は調布インターチェンジ?八王子インターチェンジで、いずれも多摩地域内である。
多摩地域に不足している南北間の交通を補完する目的で、1998年には多摩都市モノレールが開通した。また2002年にはこの地域内に首都圏中央連絡自動車道の東京都内部分が初めて開通。現在では中央道から関越道までの区間が全線開通している。
2007年12月には町田市と相模原市の間を流れる境川の改修に伴い、両市の境界線が変更された[6]。
2013年には、多摩地域と島嶼部を中心とした「東京国体(多摩国体)」が予定されている。
現在、多摩地方には26市3町1村、計30の自治体がある。
市町村コード(自治体コード)
上2桁の13は東京都を、次の桁の2は市を、3は町村を表す。下2桁は成立順に付与される。市への移行・合併時には継承されず、新しく付与される。
近年まで存在した3市も掲載してある。
市町村コード市名成立備考地域(旧郡)
13201八王子市1917年9月1日 南多摩地域
13202立川市1940年12月1日 北多摩地域
13203武蔵野市1947年11月3日
13204三鷹市1950年11月3日
13205青梅市1951年4月1日 西多摩地域
13206府中市1954年4月1日 北多摩地域
13207昭島市1954年5月1日
13208調布市1955年4月1日
13209町田市1958年2月1日 南多摩地域
13210小金井市1958年10月1日 北多摩地域
13211小平市1962年10月1日
13212日野市1963年11月3日 南多摩地域
13213東村山市1964年4月1日 北多摩地域
13214国分寺市1964年11月3日
13215国立市1967年1月1日
(13216)(田無市)1967年1月1日現・西東京市
(13217)(保谷市)1967年1月1日現・西東京市
13218福生市1970年7月1日 西多摩地域
13219狛江市1970年10月1日 北多摩地域
13220東大和市1970年10月1日
13221清瀬市1970年10月1日