その他
レッズは公式サイトで「おすすめアクセス3つのポイント」としたアクセスガイドを掲載している ⇒[2]。ここで奨励されているアクセス方法は以下の通り。
往路は道路渋滞やバス輸送力(浦和駅からは1時間4500人が限度)の問題を考慮して浦和美園駅を利用する。特にスタジアム内の移動時間などを考慮し、試合開始1時間前には浦和美園駅に到着する。
復路は浦和美園駅や東川口駅が混雑するので、浦和駅・北越谷駅へのシャトルバスを利用する。
改札口の混雑を避けるため、復路切符を事前購入する、あるいはSuicaやPASMOなどの非接触ICカード型乗車カードを持参する。
将来構想
埼玉高速鉄道浦和美園駅から北方のさいたま市岩槻区(岩槻駅)や蓮田市(宇都宮線蓮田駅)方面への延長計画があり、2000年の運輸政策審議会第18号答申でも「2015年までに整備すべき路線」とされた。2005年に「埼玉高速鉄道検討委員会」が埼玉県に出した「最終提言」 ⇒[3]では、岩槻までの延長開業時に「埼玉スタジアム前駅」を設置し、試合開催時のみの臨時営業で観客輸送を行うことが盛り込まれたが、採算性などの問題で事業着手には未だに至っていない。提言では埼玉スタジアム2002のさらなる活用策も今後の課題に挙げている。
2000年の運輸政策審議会答申では、2015年までに大宮駅から同スタジアム(答申では「県営サッカースタジアム前」)まで、埼玉県南部を東西に結ぶ路線での「中量軌道交通機関」の整備に着手することも求めた。これはライトレール(LRT)などを指すものと理解されているが、こちらは整備の目処が全く立っていない。
備考^ これは同年のJ1リーグ最終節で、3-2で勝利した浦和はリーグ初優勝を決めた。
^ そのうち第2グラウンドはスタンド付き、第4グラウンドはサッカーの公式戦が可能な人工芝。
^ チケットが完売し、60,553人の観衆が集まった試合は2-0で横浜が勝利。初得点は横浜のブリットが記録した。
^ 芝生管理などを理由に、同スタジアムでは同年3月から3ヶ月間、一切の試合が行われなかった。
^ これにより、浦和は東京都の国立霞ヶ丘競技場での主催試合開催を取りやめた。
^ 2007年4月21日の川崎フロンターレ戦まで16試合無敗のJリーグ記録を作った。
^ 浦和のシーズンチケット(年間観戦席)は1万2000席が完売状態(数年間のキャンセル待ち)で、浦和では埼玉スタジアムでの主催試合限定で観戦できる「埼玉スタジアムA自由席シーズンチケット」、または複数試合を観戦できる「セット券」を販売している。
^ 大宮は同スタジアムの上部スタンドを開放しないため、3万人台でもほぼ満員状態となる。
^ 当初は大宮駅からのバスを運行したが、所要時間がかかるため、後に浦和駅からの運行に変更した。
^ J1リーグ戦17試合、ナビスコ杯3試合のうち、リーグ戦・ナビスコ杯各1試合が熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で開催されるのを除くと、浦和戦を含む全18試合がNACK5スタジアム(大宮公園)開催となった。
^ 日本の本大会出場決定後に試合会場が発表された最終戦のイラン戦だけは横浜国際総合競技場で開催された
^ ただし、2007年度の第87回大会では3回戦で浦和を破った愛媛FCが準々決勝に進出し、同スタジアムのホーム側を使用して川崎フロンターレと対戦し、0-2で敗れた。観客数は8484人だった。
^ 一例として、2008年に放送されたフジテレビジョンのテレビドラマ、ロス:タイム:ライフの冒頭と最後に埼玉スタジアムが利用されている。
^ 多くのサッカースタジアムでは北側がホーム側のサポーター席となる。スタジアム建設時、浦和・大宮両市の地理状況を考慮し、浦和が南側、大宮が北側を利用する案も検討されたが、より多くの試合を開催する浦和が北側を利用する事になった。これに合わせ、北側スタンドの各ゲートは赤、南側スタンドの各ゲートはオレンジと、両チームの色に合わせて塗り分けられている。なお、メインスタンドは青、バックスタンドは緑となっている。
^ 2007年のAFCチャンピオンズリーグ決勝(フーラッド・モバラケ・セパハンFC戦)のチケットは、発売開始から2時間程度で完売している。