国立霞ヶ丘陸上競技場
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概要

世界的には1964年東京オリンピックのメインスタジアムとして、又2001年までのトヨタ・カップの会場として知られている。

当競技場を明確にホームグラウンドと謳うチームは存在しないが、サッカー日本代表、及びラグビー日本代表が国際試合を行うスタジアムとして定着しており、それぞれの代表チームにとってのホームスタジアムということができる。

Jリーグで当競技場をホームスタジアムにするクラブはない(リーグの方針としてホームチームを置かないことになっている。イングランドサッカー界におけるウェンブリー・スタジアムのような位置づけ)。ただし、首都圏周辺にホームタウンを置くクラブが、集客の都合やホームスタジアムでの開催に何らかの支障がある場合、当競技場でホームゲームを開催することはしばしばある。首都圏以外に本拠を置くチームでも、清水エスパルス名古屋グランパスエイトジュビロ磐田などが主催試合を行ったことがある。

またホームスタジアムの新築・増築・改修期間中の代替開催地としても活用されてきた。例としては2000年シーズンにFC東京がJ1リーグ戦主催15試合中10試合をホームスタジアムとして使用したことが挙げられる。これは翌2001年開業の新本拠地・東京スタジアム(現・味の素スタジアム)が建設中であることから特例的なホーム使用であった。同シーズンFC東京は川崎フロンターレ主催試合において、当競技場でアウェイチームとしても試合を行っている。

秩父宮記念スポーツ博物館、スポーツ図書館を併設している。


沿革競技場内部。手前に見える白いポールが織田ポール。

当地には1924年完成の明治神宮外苑競技場があったが、アジア競技大会と東京オリンピック開催のため、1956年に国に譲渡された。現在の競技場は1957年1月に起工、1958年3月に竣工した。1964年の東京オリンピックではメインスタジアムとして使用された。

インフィールドには芝生のグラウンドがあり、サッカーラグビーの主要大会の決勝戦や国際試合が開催されてきた。これらのスポーツの選手にとって、「国立のピッチに立つ」というのはひとつのステータスにもなっている。特に高校サッカー界においては「聖地」と呼ばれており、全国高等学校サッカー選手権大会などで上位進出を決めたチームが国立のピッチでプレーすることが許される(ただし全国高等学校サッカー選手権大会においては、2000年度大会から開幕戦も国立で開催)。

当初は日本を代表するスタジアムであったが、1958年の竣工以来、50年近くを経過すると共に、建築技術の向上、各種スポーツ大会の大型化、それに伴う大会運営サイドからのスタジアムへの要求水準の向上により、その老朽化が指摘されている。

2002年ワールドカップ日韓大会でも当競技場での開催が検討されたもの、FIFA(国際サッカー連盟)がスタジアムに要求するスペックとして、「観客席の3分の2以上に屋根が架設されること」が条件とされており、それを満たすことができなかったことから、会場となることを断念せざるを得なかった。

既存の規格の古いスタジアムであっても、1960年ローマオリンピックのメインスタジアムとなったスタディオ・オリンピコや、1936年ベルリンオリンピックのメインスタジアムになったオリンピアシュタディオンのように改装により屋根を架けることは可能であるが、予算等の問題からこの方法は実施されていない。

ワールドカップ日韓大会の決勝戦は横浜国際総合競技場で実施されたが、以降もビッグゲームは当競技場よりも観客収容人数が多く、その分の収入増が見込める横浜国際総合競技場(日産スタジアム)もしくは埼玉スタジアム2002で開催することが多くなっている。また、陸上競技についても、古い国際規格の8レーンしか設けられておらず、現在の国際陸上の規格を満たしていないことから、同様に他競技場にその開催場所を譲ることが多くなった。

2005年からSMAPがコンサート会場として使用を開始した。なお、使用する際には同会場スタッフによる厳しい審査と、そのほか使用に関する規制が厳格に決められており(例えば、「同会場をコンサートとして使用する際は、音を出すのを午後9時まで」等)、その厳しい審査に合格し、かつ使用に関する規制を厳格に守れるアーティストに限り使用を許可している。 例えば、同会場はそれまで近隣への騒音問題に配慮し、コンサート等で使用する際の規制を厳しくしていた為、原則としてコンサート会場として同会場を行うことを許可していなかった。単独のアーティストとしてはSMAPが最初に使用したが、SMAPが同会場の使用許可を得るまで、実に3年の期間を要している。 また、SMAP側が使用の打診を行い使用許可を得るまでの3年間に、SMAPの公演内容、スタッフの対応、観客のマナーの様子等総合的に厳しくチェックされ、3年間事故も無く、また観客のマナーも良かったことの功績を認め、SMAPのコンサートによる使用を許可した。 2007年9月にDREAMS COME TRUEが使用に関する審査をパスし、同会場にてコンサートを行った。 また、3組目のアーティストとして、2008年9月5日9月6日に、のコンサートの開催が予定されている。

2008年5月29日、文部科学省は上記のような事情による需要の低下や著しい老朽化に対応するため、サッカー専用競技場化などの大規模改修も視野に入れて施設としてのあり方を見直す有識者らを集めた調査研究協力者会議を発足させた。


スペック


トラック

トラック8レーンを有する日本陸上競技連盟公認第一種陸上競技場である。

現在の規則によると、日本陸連の第一種競技場として登録されるには1周400mの補助トラック(公認第三種登録相当)を併設することが義務付けられている。当競技場はその補助トラックがないが、東京都営の東京体育館の付属陸上競技場が事実上のサブトラックと見なされ、第一種トラックとして登録されている。

前述の通り、レーンが8列しかないため、最新の国際規格を満たしていない。


フィールド

当初は寒冷期には芝がすべて枯れ、ピッチコンディションの悪さが指摘されていたが、のちに改良され年間を通して青い芝を保つようになった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki