国家社会主義ドイツ労働者党
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ナチス党の得票数の変化

日時得票数得票率
1928年5月20日810,0002.6%
1930年9月14日6,410,00018.3%
1932年7月31日13,750,00037.3%
1932年11月6日11,740,00033.1%
1933年3月5日17,280,00043.9%


一党独裁

1933年2月に国会議事堂放火事件が起こり、これを共産党の陰謀と見なして緊急大統領令を布告、共産党幹部を逮捕した。当時の法律では国会議員逮捕は禁じられていたが、緊急大統領令がこれを許した。さらにヒトラーは、1933年3月23日に全権委任法を国会承認させて、立法権を国会からヒトラー政権に委譲させた。これはどんな法律も議会の審議を経ないで制定できることを意味する。このようにしてヒトラーは、ヴァイマル憲法によって成立した基本的人権や労働者の権利のほとんどを停止、合法的な独裁体制を確立した。1934年6月30日、第二革命を主張する「突撃隊」長レームや左派など党内のヒトラー反対派を一斉に粛清長いナイフの夜事件)、代わって国防軍や資本家との連携を一層深めた。

また、この頃から反ユダヤ的行動が盛んに行われ、1938年11月9日夜から10日未明にかけてナチス党員・「突撃隊」がドイツ全土のユダヤ人住宅、商店、シナゴーグなどを襲撃、放火した(水晶の夜)。

州政府にもナチ党幹部が国代理官( ⇒Reichsstatthalter)として舞い降り、民主主義的な地方自治を停止させた。事実上党が国家を征服し支配した形となる。党の単位である大管区、管区、支部、細胞、班 はそのまま国民支配の行政単位になった。最小単位の班の構成は40〜50 所帯である。鉤十字の党旗を国旗とし、党歌『ホルスト・ヴェッセルの歌』は全国で歌われた。党の組織は生活の大部分に浸透し、労働組合に代わる「ドイツ労働戦線」や、下部組織の「歓喜力行団」などによって、労働・教育・余暇など私生活の隅々までナチズムによって支配されていた。

党組織は第二次世界大戦では防空や治安維持なども担当し、大戦末期には本土防衛のために老人・子供から成る非正規軍の「国民突撃隊」の母体にもなっている。


党の構成1934年の党組織図


指導部

党組織は、指導者(F?hrer)、全国指導者(Reichsleiter)、大管区指導者(Gauleiter)、管区指導者(Kreisleiter)、地区指導者(Ortsgruppenleiter)、細胞指導者(Zellenleiter)、街区指導者(Blockleiter)の階層から成っている。全国指導者には、1933年の政権奪取後に国務大臣を兼務する者が多く含まれていた。

党指導部は、職能別に党務を分担して指導者ヒトラーを補佐する17〜20人の全国指導者 (Reichsleiter)から構成された。右の1934年時点の党組織図では18名が挙げられている。ルドルフ・ヘスは指導者代理(副総統や総統代理という訳もある。以下同じ)(Stellvertreter des F?hrers)、ヘルマン・ゲーリングは指導者後継者(総統後継者)、ヨーゼフ・ゲッベルスは宣伝全国指導者(党宣伝部長)、ハインリヒ・ヒムラーは親衛隊全国指導者(Reichsf?hrer des SS)、バルドゥール・フォン・シーラッハは青少年全国指導者(Reichsjugendf?hrer)であった。

大管区はナチ党の地方組織としての最大の単位で、そこには大管区指導者(1935年には33人)が置かれた。ベルリン=ブランデンブルク大管区指導者は宣伝大臣ゲッベルスであり、彼は全国指導者と大管区指導者を兼任していた唯一の人物であった。また、大管区指導者ベルンハルト・ルストは1934年以降、国の文部大臣でもあった。

管区指導者は827人、地区指導者は20,724人、細胞指導者は976人、街区指導者は204,359人を数えた(1935年)。


一般党員

ナチ党の一般的な党員は主として田舎や都市部の中流階級から構成されていた。7%は上流階級に属し、7%は農民であった。35%は産業労働者であり、51%は中流階級に所属した。最大の単一職業集団は小学校教師であった。

党が結成された1920年には約2000名の党員数に過ぎなかったが、1933年の政権奪取時に党員数は250万人まで膨れあがっていた。1945年に党が解散した時、公式党員名簿数は合計850万人に上った。


軍事組織

1935年には国防軍にも警察にも所属しない軍事組織親衛隊特務部隊が設けられた。ここに志願すれば、義務兵役年限に算入された。1940年には武装親衛隊と改名されて、陸軍海軍空軍に並んで第四の軍隊と認知された。ナチ党の政権奪取前の時代は、国防軍は政治的な影響を恐れ、国防軍の兵士は非政治的であることを要求したため、国防軍に入隊しようとするナチ党員は離党を要求されることがあった[要出典]。


その他の組織

パートタイム的に招集される一般党員のほかに下記の組織に入ることも出来た。

ナチス女性団 ⇒NSF

突撃隊 Sturmabteilung (SA)

国家社会主義航空隊 ⇒NSFK

国家社会主義自動車隊(当時運転技術は貴重であった) ⇒NSKK

ヒトラーユーゲント Hitlerjugend(HJ):14〜18歳の青年の「よきナチ党員になる」ための教育組織。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki