大統領は行政府の首長であり、有権者の選挙で選出される。大統領は議会と独立した存在で任期は保障されるが、首相を含めた閣僚の選任には議会の承認を得なければならない。このように組閣は議会の拘束を受け、一定の議院内閣制の要素が取り入れられている。
議会で与党が多数を占めれば、大統領は内閣を自由に組織し、内政でも強大なリーダーシップを発揮できるが、フランスなどのように野党が多数派を占めた場合は、野党の党首に組閣を命じて、外交・国防は大統領、内政は野党の首相が分担することとなる。このような状態をフランスではコアビタシオンと呼ぶ。
議院内閣制を採用する立憲君主国の君主、共和国の大統領がこれにあたる。行政は議会に指名される首相に委ねられ、元首である君主や大統領は国政の実権を有さない。憲法上、元首に期待される役割は、内閣の助言と承認に基づく首相を始めとする官吏の任免や、外国元首・外交官の接受といった儀礼的なものである。大統領は、直接選挙によらず、議会の投票により功績のある長老政治家が選出される場合が多い。これらの国の中には、イギリスの国王のように法律上は強力な権限を与えられているケースもあるが、そうした権限は長年の不行使により形骸化しており、実際には行使されない。ただし、政争やクーデターによる国政の混乱時には、仲裁者としての役割を期待される場合もある。上記のような理由から政治的発言の自制が求められる。
イギリスやタイ王国の国王、インドやイタリアの大統領、ドイツの連邦大統領が、これに分類される。日本の天皇もこれに分類されることがある。
議会君主制・議会共和制をさらに進化させたものがこれにあたる。元首の役割は象徴的なものに限定される。閣僚の任免や議会の解散などの権能も、内閣などの他機関の承認・決定に基づいてなされる。元首の実質的な決定権は憲法によって否定される。上記のような理由から政治的発言も制限される。
スウェーデンの国王[2]、いわゆる「社会主義国」の元首[3]などが、これに分類される。日本の天皇もこれに分類されることがある。
スイスでは、元首である連邦大統領は儀礼的な機能のみを果たす。連邦大統領は行政府である連邦参事会(内閣)の7人の閣僚の中の1人が輪番制で就任する(任期1年)。
なお、これらはあくまで大まかな区分である。各国の憲法には差異があり、元首の機能も多種多様である。
日本国憲法は元首に関する規定が無く、日本国において元首が何であるかについては議論がある。戦前戦後を通じて儀礼における国事行為の場面で天皇は元首が果たすべき機能を担ってきた[4]。 天皇の元首としての権限は時代によって異なる。
大日本帝国憲法において天皇が国家元首であったことに争いはない。第4条で「天皇は、国の元首にして、統治権を総攬し、この憲法の条規に依りてこれを行う。(現代語訳)」と規定され、万世一系の天皇が大日本帝国を統治するとされた。また、大権についても規定されていた。このように、天皇は大きな権力を持っていたように思える。実際、重要な政治的局面で影響力を行使することがあった。そのため、絶対君主制の元首に分類するべきという意見もある。しかし、憲法上、立法権については帝国議会の協賛(賛成)を要し、勅令には国務大臣の副署を必要とし、司法権は裁判所が行使することとなっているなどの制約があることは確かで、事実、天皇が直接命令して政治を行うことはほとんど無かった。そのため、「君臨すれども統治せず」という原則をとる現代の日本やイギリスなどの議会君主制に分類するべきという意見がある。
天皇は、形式的な権限のみをもち、一切の権力をもたない。日本国憲法第4条には、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されている。国事行為については、第7条で「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」と規定して、具体的な内容を列記している。
憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
国会を召集すること。
衆議院を解散すること。
国会議員の総選挙の施行を公示すること。
国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
栄典を授与すること。
批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
外国の大使及び公使を接受すること。
儀式を行ふこと。
これらの国事行為は、内閣や政府の助言と承認を必要とし、内閣が責任を負う(第3条)。天皇の国事行為は内閣の助言と承認に基づいて行われる受動的かつ儀礼的なものである。憲法に規定される国事行為は天皇が主催するものと解されるが、政府が主催する公式行事への天皇の臨席や皇室の宮中行事についての内閣の助言と承認の有無・天皇の責任性について議論があり、国事行為以外の天皇の行為については天皇の象徴性を有しないものであるとする意見(二分説)と、国事行為、公的行為及びそれ以外の行為とに区分する意見(三分説)がある。
準国事行為として論じられる例としては国会開会時に参議院でおこなう開会宣言などがある。天皇の公的行為を容認する立場については、天皇の行為が無限定に広がっていくおそれがあり、国事行為以外の天皇の行為について内閣の統制の下に置こうとする意図から出ているものであっても、現在では、天皇が独走する危険性よりも、内閣が天皇を政治的に利用する危険性の方が高いとの意見がある[5]。
古代ローマの昔より軍はインペリウム(ローマ法に承認された命令権)に対して忠誠の宣誓をおこなうことが政軍関係の基礎とされていた。日本では明治15年の軍人勅諭において、統帥権は天皇にあり忠節は国家・国権に尽くすものとした。戦後、この忠誠宣誓は自衛隊法施行規則(39-42条)により規定された[6]が、国、日本国憲法、法令および国民の負託に宣誓する体裁をとっており、天皇や内閣総理大臣に対する宣誓の体裁は採用していない[7]。一方で自衛隊法第7条により内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する、とされる。