外国の大使・公使の接受を行うという意味で国を代表している側面があり、元首の性質を有しているとする立場がある。清宮四郎らがこの立場にある。
公式見解に対する反論が、いくつかなされている。
公式見解では、日本は立憲君主国であるとしている。しかし、現在の憲法に君主規定自体が無いので「立憲(による君主)」とはいえないのではないかとの反論がある[要出典]。 憲法学者芦部信喜によると、
その地位が世襲で伝統的な権威を伴う
統治権、少なくとも行政権の一部を有する
などが君主の要件とされる[14]。 1.については日本の天皇は少なくとも千年以上の歴史を持ち、伝統的な権威を持っているので当てはまるが、2.については議論の余地がある。元首の要件で特に重要なものは、条約締結権など外に向かって国家を代表する権能である。しかし、天皇は、憲法第4条で、「象徴」という「国政に関する権能を有しない」者であると規定され、外交関係では「認証」「接受」という形式的・儀礼的行為しか憲法上は認められていない。一方、憲法第1条の象徴天皇制の規定の主眼は、国の形式的象徴の役割を強調するもので、他の権能、役割を否定する趣旨であると解される、とする。
以下のような天皇を元首としない説がある。[15]
日本国には元首は存在しないとする説[16]
準元首として天皇(「元首」としては存在しない)とする説[17]
内閣あるいは内閣総理大臣であるとする説[18]
元首が宗教の首長を兼ねる例
イギリス国王 - イギリス国王とイングランド国教会の地上における唯一最高の首長を兼ねる
ローマ教皇 - バチカン市国元首とカトリック教会の首長を兼ねる
ネパール国王 - ヒンドゥー教の神とされている
ダライ・ラマ - チベット亡命政府元首とチベット仏教の法王を兼ねる
日本の天皇 - 旧憲法では国家神道(神社神道)の総攬者で天皇が現人神として言説化された。現在は皇室神道は神社神道から分離しており、天皇は神社本庁の長ではない。皇室は大嘗祭等をはじめとした多くの神道の祭祀を執り行い伊勢神宮や勅祭社に定期的に勅使を派遣している。
ここでいう「元首」は上記のものとは異なる意味である。古代ローマで元首(princeps)は、ローマの「市民の第一人者」の意味で、内戦を勝ち残ったオクタウィアヌスが共和政の形式を残して身に帯びた称号の一つである。これにちなみ、ローマ帝政の前半は元首政として時代区分される。
象徴天皇制に関する基礎的資料(衆議院憲法調査会事務局 編)h15.2 ⇒[2]
注釈^ リヒテンシュタイン家は、ハプスブルク家の重臣として家産を蓄積した。つまり、公国とは無関係なので、「国民の財産を取り返す」というようなことができない。また、第二次大戦時、大権によって選挙を停止し、ナチズムの台頭を阻止した。そのため、今でも大権の行使が正当化されている。このような経緯で、象徴・儀礼的存在にとどまらず、強大な政治的権限を有している。そのため、ヨーロッパ最後の絶対君主制と言われる。
^ スウェーデンでは、国王は首相の任命や議会の招集・解散の権限を形式的にも失っており、元首と行政府を完全に分離している。そのため、世界で最も象徴的な立憲君主制とされる。
^ いわゆる「社会主義国」の場合も一人の人物に権力が集中していることがあるが、その場合その人物が国家元首だからではなく一党独裁制をしく共産主義政党の書記長・総書記だからという場合が大半であり、元首自体には権限が殆どない場合が多い。例えば、中国では、国家主席の地位にある人物が、外交・内政での強大な権力を行使している場合があるが、これはその人物が中国共産党の総書記をも兼任しているためである。国家主席は全人代や中央委員会の決定を追認しているに過ぎず、実質的な権限を有さない。主席と総書記が別の人物である場合も当然にあり得る。
^ 例えば、オリンピックの開会宣言は開催国の元首が行う慣例になっているが、日本で開催されたオリンピックでは天皇が開会宣言を行っている。また、CIA各国要覧の日本の項では、「chief of state: Emperor AKIHITO (since 7 January 1989)」と明記している。
^ 衆議院憲法調査会における「天皇」に関するこれまでの議論(平成17年2月衆議院憲法調査会事務局) ⇒[1]
^ 昭和29年6月30日総理府令第40号
^ 自衛隊法施行規則第39条 隊員となつた者は、次の宣誓文を記載した宣誓書に署名押印して服務の宣誓を行わなければならない。学生、予備自衛官等又は非常勤の隊員が隊員となつたときも同様とする。宣誓 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法 及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。