議会君主制・議会共和制をさらに進化させたものがこれにあたる。元首の役割は象徴的なものに限定される。閣僚の任免や議会の解散などの権能も、内閣などの他機関の承認・決定に基づいてなされる。元首の実質的な決定権は憲法によって否定される。上記のような理由から政治的発言も制限される。
スウェーデンの国王[2]、いわゆる「社会主義国」の元首[3]などが、これに分類される。日本の天皇もこれに分類されることがある。
スイスでは、元首である連邦大統領は儀礼的な機能のみを果たす。連邦大統領は行政府である連邦参事会(内閣)の7人の閣僚の中の1人が輪番制で就任する(任期1年)。
なお、これらはあくまで大まかな区分である。各国の憲法には差異があり、元首の機能も多種多様である。
日本国憲法は元首に関する規定が無く、日本国において元首が何であるかについては議論がある。戦前戦後を通じて儀礼における国事行為の場面で天皇は元首が果たすべき機能を担ってきた[4]。 天皇の元首としての権限は時代によって異なる。
大日本帝国憲法において天皇が国家元首であったことに争いはない。第4条で「天皇は、国の元首にして、統治権を総攬し、この憲法の条規に依りてこれを行う。(現代語訳)」と規定され、万世一系の天皇が大日本帝国を統治するとされた。また、大権についても規定されていた。このように、天皇は大きな権力を持っていたように思える。実際、重要な政治的局面で影響力を行使することがあった。そのため、絶対君主制の元首に分類するべきという意見もある。しかし、憲法上、立法権については帝国議会の補弼を要し、司法権は裁判所が行使することとなっているなどの制約があることは確かで、事実、天皇が直接命令して政治を行うことはほとんど無かった。そのため、「君臨すれども統治せず」という原則をとる現代の日本やイギリスなどの議会君主制に分類するべきという意見がある。
天皇は、形式的な権限のみをもち、一切の権力をもたない。日本国憲法第4条には、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定されている。国事行為については、第7条で「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」と規定して、具体的な内容を列記している。
憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
国会を召集すること。
衆議院を解散すること。
国会議員の総選挙の施行を公示すること。
国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
栄典を授与すること。
批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
外国の大使及び公使を接受すること。
儀式を行ふこと。
これらの国事行為は、内閣や政府の助言と承認を必要とし、内閣が責任を負う(第3条)。天皇の国事行為は内閣の助言と承認に基づいて行われる受動的かつ儀礼的なものである。憲法に規定される国事行為は天皇が主催するものと解されるが、政府が主催する公式行事への天皇の臨席や皇室の宮中行事についての内閣の助言と承認の有無・天皇の責任性について議論があり、国事行為以外の天皇の行為については天皇の象徴性を有しないものであるとする意見(二分説)と、国事行為、公的行為及びそれ以外の行為とに区分する意見(三分説)がある。
準国事行為として論じられる例としては国会開会時に参議院でおこなう開会宣言などがある。天皇の公的行為を容認する立場については、天皇の行為が無限定に広がっていくおそれがあり、国事行為以外の天皇の行為について内閣の統制の下に置こうとする意図から出ているものであっても、現在では、天皇が独走する危険性よりも、内閣が天皇を政治的に利用する危険性の方が高いとの意見がある[5]。
古代ローマの昔より軍はインペリウム(ローマ法に承認された命令権)に対して忠誠の宣誓をおこなうことが政軍関係の基礎とされていた。日本では明治15年の軍人勅諭において、統帥権は天皇にあり忠節は国家・国権に尽くすものとした。戦後、この忠誠宣誓は自衛隊法施行規則(39-42条)により規定された[6]が、国、日本国憲法、法令および国民の負託に宣誓する体裁をとっており、天皇や内閣総理大臣に対する宣誓の体裁は採用していない[7]。一方で自衛隊法第7条により内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する、とされる。
天皇は、外国元首や外交官の接受、外交官認証(公証行為)といった対外代表性をもつほか、日本国の象徴(憲法第1条)であり、また国事行為を主催することが規定されている、など事実行為として元首の機能を有しているが、すべての公的行為には内閣の助言と承認(第3条)を必要とし、天皇は国事行為には無責任であることから議論がある。公式見解では、ほぼ天皇を元首としても差し支えないとする。しかし、戦後、天皇を元首とするかが長らく争点となっていた時期があり、天皇制の議論にまで発展していた。
元首(Head of state)の概念が国家有機体説の産物である以上、社会契約説に基づく国家観のもとでは元首という概念に無理があり、それを明確にすること自体がかえって規範的に社会のあり方を規制する可能性がある[8]。 いずれの機関が日本国の元首なのかは、複数の意見がある。
大日本帝国憲法は第4条で天皇を元首と規定した。一方、日本国憲法やそのほかの法律には、天皇を元首とする規定がない。ただ、元首の案件とされる国事行為についての規定はある。日本の公的機関の見解を以下に記述する。
内閣法制局は、「立憲君主制と言っても差し支えないであろう」としている[9][10]。また、天皇は元首であるとする[11]。一方で、天皇を元首と呼びうるかは定義によると述べるにとどまっている[12]。
外務省は、日本は立憲君主国であるとしている。
判例においては、プラカード事件第二審において天皇は元首であると判示している[13]。
外国の大使・公使の接受を行うという意味で国を代表している側面があり、元首の性質を有しているとする立場がある。