国務大臣
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罷免

詳細は罷免#国務大臣の罷免を参照

憲法の規定により、内閣総理大臣は他の国務大臣を任意に罷免することができる。これは、旧憲法下において内閣総理大臣の権限が極めて弱かったために軍部の独走を許したことへの反省からである。


在職中の死亡

在職中に死亡した国務大臣死亡年月日氏名内閣役職死因
1889年(明治22年)2月12日森有礼黒田内閣文部大臣他殺
1926年(大正14年)9月13日早速整爾第1次若槻内閣大蔵大臣病死
1936年(昭和11年)2月26日高橋是清岡田内閣大蔵大臣他殺
1945年(昭和20年)8月15日阿南惟幾鈴木貫太郎内閣陸軍大臣自殺
1973年(昭和48年)11月23日愛知揆一第2次田中角栄内閣大蔵大臣病死
1976年(昭和51年)1月15日仮谷忠男三木内閣建設大臣病死
1987年(昭和62年)1月25日玉置和郎第3次中曽根内閣総務庁長官病死
2007年(平成19年)5月28日松岡利勝安倍内閣農林水産大臣自殺

※ 内閣総理大臣を除く


国務大臣の権威性とその歴史

大臣とは古来からの日本固有の高官職名である。明治期に太政大臣左大臣右大臣内大臣准大臣といった大臣職が改められ、内閣制度の発足とともに、内閣構成者としての内閣総理大臣及び国務大臣として新たな大臣の職掌が整備された。明治以降も昭和初期まで内大臣・宮内大臣の職が置かれたが、これは閣外の職位であり、国務大臣には含まれず内大臣府宮内省にあって天皇を補佐する役目であった。

終戦後の昭和30年以降、自由民主党の結党以来、55年体制以降、派閥の論理で大臣が選任されてきた。政治家にとって大臣の職は権威の象徴であり、衆議院議員の場合当選回数5回の議員から派閥の均衡によって調整され、人格や能力もあるが、それ以上に派閥の力学で主に大臣が選抜されてきた。衆議院議員当選回数5回以上に達し、大臣を拝命していない政治家は大臣待望組といわれ、大臣になるために執念を燃やしたり、その地位にとらわれることを俗に大臣病といった。


記録

最年長在任記録国務大臣 - 高橋是清大蔵大臣 81歳6ヶ月(1936年2月26日在任)

戦後最年少就任記録国務大臣 - 野田聖子郵政大臣 37歳10ヶ月(1998年7月29日就任)

連続最長在任記録国務大臣 - 寺内正毅陸軍大臣 3442日間(1902年3月27日 - 1911年8月30日)

戦後連続最長在任記録国務大臣 - 竹中平蔵国務大臣 1980日間(2001年4月26日 - 2006年9月26日)

最短退任記録国務大臣 - 長谷川峻法務大臣 4日間(1988年12月27日 - 1988年12月30日)

通算最短在任記録国務大臣 - 野村直邦海軍大臣 5日間(1944年7月17日 - 1944年7月22日)

戦後通算最短在任記録国務大臣 - 遠藤武彦農林水産大臣 8日間(2007年8月27日 - 2007年9月3日)

女性初の国務大臣 - 中山マサ厚生大臣(1960年7月19日就任)


関連項目ウィクショナリーに ⇒国務大臣の項目があります。

大臣

行政

内閣

閣議

内閣総理大臣

内閣総理大臣臨時代理

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女性閣僚

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大臣病
カテゴリ: 日本の国務大臣 | 政治の役職名 | 日本の行政 | 公務員

更新日時:2008年6月8日(日)16:42
取得日時:2008/07/02 09:45


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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