太公望という別名は、渭水で釣りをしていたところを文王が「これぞわが太公(祖父)が待ち望んでいた人物である」と言われ召し抱えられたという話に由来する、と言われている。ただし、「望」は元々『呪いの眼で見る』という意味を含むため、これが正しいかどうかは疑わしく、他の例からしても、「太公の望」という意味であると解すのが自然である。
この伝説は、日本の江戸時代の人々にも広く知られていたようであり、「釣れますか などと文王 側により」という川柳が残されている。そのためこの故事にちなみ、日本では釣り好きを「太公望」と呼ぶ。一方で中国で「太公望の魚釣り」(太公釣魚)と言えば、「下手の横好き」と言うニュアンスらしい。ちなみに、中国陝西省宝鶏には太公望が釣りをしたという釣魚台があり、観光地となっている。
太公望は曲がっていないまっすぐな針を使い、さらにあえて水中に入れなかったとも言われ、このとき釣り上げた大魚の腹から『六韜』が出てきたという伝説がある。
また、呂尚が斉に封ぜられた時に昔別れた妻が縒りを戻そうと来たがこれを拒んだというエピソードがあり、「覆水盆に返らず」という諺はここから生まれたという。盆とは、物を載せて運ぶための平たい容器ではなく、ボウル状の丸い容器、鉢や盥等のことである 。但し盆器が登場したのは戦国時代以降であり、このエピソード自体が後年の創作とされる。
明代の娯楽小説『封神演義』においては姜子牙と称し、殷周革命を指揮する周の軍師かつ崑崙山の闡教の道士として主役格で登場する。 主に沖縄を中心とした地域に見られる、石敢當という魔除けの神様として封神されたとする伝承がある。
呂尚をあつかった作品
宮城谷昌光『太公望』文藝春秋
諸星大二郎「太公望伝」『無面目・太公望伝』潮出版社
横山光輝『殷周伝説―太公望伝奇』潮出版社
芝豪『太公望 ?殷王朝を倒した周の名軍師?』PHP研究所
藤崎竜『封神演義』集英社
先代:
―斉(姜斉)の君主
初代:前1021年頃? - 前1000年頃次代:
丁公
カテゴリ: 斉の君主 | 夏殷周の人物 | 仙人 | 道教の神
更新日時:2008年7月9日(水)15:44
取得日時:2008/09/08 08:03