向井千秋
宇宙飛行士
国籍日本
前職医師
宇宙滞在期間23日15時間39分
セレクション ⇒1985 NASDA Group
ミッションSTS-65, STS-95
記章
表・話・編・歴
STS-95 crew(写真中央の女性が向井千秋)「NASA提供」
向井 千秋(むかい ちあき、旧姓・内藤、1952年5月6日 - )は、日本人女性として最初の宇宙飛行士。慶應義塾大学医学部卒。医学博士。
目次
1 来歴・人物
2 略歴
3 趣味
4 関連項目
5 外部リンク
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1994年7月8日?23日、スペースシャトル・コロンビア号でのミッション (STS-65) に、ペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者)として参加。金魚の宇宙酔い実験もした。この時の宇宙滞在時間は14日17時間55分で、女性の宇宙最長滞在記録を更新した(この記録は翌年のSTS-67で破られた)。
1998年10月29日?11月7日、スペースシャトル・ディスカバリー号でのミッション (STS-95) で二度目の宇宙飛行。飛行中に「宙がえり 何度もできる 無重力」という短歌の上の句を詠み、これに続く下の句を募集し話題となった。旧・宇宙開発事業団(現・JAXA)によれば、この時14万5千首の応募があったという。
なお、外科医をしていた1981年に、解離性大動脈瘤で入院した石原裕次郎の担当医の一人を務めている(この時の白衣がカンフーの胴着に似ていたため、裕次郎から「カンフー姉ちゃん」とあだ名をつけられている)。
余談として高校受験では、当初は日比谷高校を志望していたが、都立各校に学校群制度が制定された為に受験できず、慶應女子高校に切り替えたと、かつて産経新聞夕刊誌上で答えていた。また、実弟はルアーフィッシングのエキスパート(≠バスプロ)として有名なヒロ内藤(内藤裕文)である。
略歴
1952年、群馬県館林市で、鞄屋を営む内藤家の長女として生まれる。
1977年、慶應義塾大学医学部を卒業。外科医となる。
1983年、旧・宇宙開発事業団の宇宙飛行士募集に応募。
1985年、宇宙飛行士に選出される。(同期に毛利衛、土井隆雄がいる。)
1986年、病理医の向井万起男と結婚。
1994年、スペースシャトル・コロンビア号でのミッション(STS-65)に搭乗。
1998年、スペースシャトル・ディスカバリー号でのミッション(STS-95)に搭乗。
2007年、宇宙航空研究開発機構・宇宙医学生物学研究室長に就任
趣味
スキューバダイビング、テニス、ゴルフ、アメリカ文学、旅行、スキー、アルペンスキー、バス釣り、写真
関連項目
内閣総理大臣顕彰
外部リンク
⇒向井千秋記念子ども科学館群馬県館林市
カテゴリ: 日本の宇宙飛行士 | 日本の医師 | 群馬県出身の人物 | 1952年生
更新日時:2008年8月24日(日)13:01
取得日時:2008/10/02 01:33