秋場所2006年、土俵に上がり、大相撲秋場所千秋楽の優勝者表彰式に臨む安倍晋三
長期に及ぶ夏巡業の後の本場所であるため、ここで大きく「化ける」力士も多い。
俳句では相撲は秋の季語。
名勝負
昭和59年(1984年)千秋楽琴風-小錦入幕2場所目で上位力士をなぎたおし優勝を争っていた「小錦旋風」を、三役陣最後の砦として琴風が止めた一番。結果、蔵前国技館最後の優勝は平幕の多賀竜となった。
九州場所
昭和32年(1957年)の新設から4年連続で大関以下が優勝、「横綱が優勝できない場所」と言われたが、昭和36年(1961年)に大鵬が優勝して、ようやくそのジンクスが破られた。
千代の富士の昭和56年(1981年)から昭和63年(1988年)までの8連覇は同一場所連続優勝の最多記録。
地方で行われる本場所の中でも、最も地元出身力士への声援が大きい。毎年、初日の前日に前夜祭が開かれ、九州出身力士が紹介される。とりわけ2007年初場所現在大関である魁皇には、福岡県出身ということもあって大きな声援が飛び、相撲の観客からは珍しい「魁皇コール」が場内から起こるほどである。これは相手力士には相当なプレッシャーであり、魁皇はこの場所だと好調である。(しかし、本場所での幕内最高優勝はない)
ここ数年の福岡場所では、横綱が勝っても座布団が舞うことがある。さらには2006年の千秋楽では、君が代斉唱時にも座布団が投げられた。これは完全なマナー違反である。会場内の呼び出しのアナウンスでも「危険ですので、座布団をお投げにならないようにしてください」と注意喚起を促している。
ここ数年、福岡で開催される九州場所の観客動員数が急激に減少し、場所存続さえ危うい状態といえる。また、11月場所を毎年分割開催し、札幌や仙台でも本場所を開催してはどうかという意見がある。
名勝負
昭和34年(1959年)千秋楽 栃錦 - 若乃花
昭和44年(1969年)千秋楽 北の富士-玉の海一年納めの九州場所千秋楽結びの一番が、年間最多勝の決定戦となった例。それぞれ、栃錦77勝、北の富士63勝で、最多勝を獲得。なお、どちらも同場所の優勝に直接かかわる相撲ではなかった。他に九州場所千秋楽まで年間最多勝を争った例として、昭和42年(1967年)の柏戸がおり、大鵬が同年九州場所終盤を3休したためもあるが、千秋楽に福の花に勝って70勝20敗、70勝6敗14休の大鵬と、年6場所以降はじめての最多勝同点となった。なお柏戸は12日目にこの場所優勝の佐田の山にも勝っており、この勝敗が逆であったら佐田の山(この年69勝)が大鵬と同点になっているところだった。
昭和63年(1988年)千秋楽大乃国-千代の富士千代の富士の53連勝を、久しく脇役に甘んじていた大乃国が止めた一番。千代の富士はこれに勝っていれば54連勝、翌初場所で双葉山の成した69連勝への挑戦権を得られるはずだった。大乃国はこの一番のために千代の富士の相撲をビデオで研究し尽くしたという。結果的にこれが昭和最後の一番にもなった。
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カテゴリ: 大相撲 | 天皇杯 | 相撲に関するスタブ
更新日時:2008年9月28日(日)01:02
取得日時:2008/10/05 16:22