同盟通信社
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沿革

国内有力新聞191社と日本放送協会を組合員とし、1935年12月28日の国際放送電報規則改正により、内外通信の入手と配布を独占した。発起人の田中都吉は設立時の挨拶で、同盟は「参加した全国の新聞社の自治的共同機構」であると語ったが、「軍国日本の宣伝機関」とする向きもある。岩永の死後、後任の古野は天羽とは距離を置き、以前より盟友であった鈴木貞一に提携の軸足を移していった。

1936年 日本電報通信社の通信部門と新聞聯合社が合併して、同盟通信社が誕生。

1945年 解散し、一般報道部門などは共同通信社、経済報道部門などは時事通信社となる。


関聯項目

岩永裕吉


参考図書

『ニュース・エージェンシー―同盟通信社の興亡』里見 脩【著】中央公論新社中公新書) (2000-10-25出版)ISBN 4121015576
カテゴリ: 通信社 | かつて存在した日本の企業

更新日時:2007年8月28日(火)09:51
取得日時:2008/08/17 22:08


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担当:Mamenoki