※ 現在、埼玉県道27号東松山鴻巣線において、4車線化工事及び、国道407号線と接続できる新道建設工事が南吉見地区で進められている。
バス
川越観光バス(東松山駅?比企吉見農協?鴻巣駅?免許センター)
東武バスウエスト(川越駅?本川越駅?鴻巣駅?免許センター/川越駅?本川越駅?新荒子)
吉見町巡回バス
※ タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、川越市・所沢市・東松山市・飯能市・和光市などと同じエリアとなっている。
観光
吉見百穴
松山城址
吉見観音(坂東三十三箇所11番札所・岩殿山安楽寺)
息障院(伝源範頼館跡)
ポンポン山(高負彦根神社)
八丁湖
黒岩横穴墓群
桜堤
道の駅いちごの里よしみ
吉見町は、「いちごの里」を冠した道の駅が設置されている事からもわかるように、県内有数のイチゴの産地(主にとちおとめ)である。いちご狩りのシーズンには、道の駅や町内各地のいちご農家および特設のいちご直売所で、観光客でにぎわっている。
いちご街道-埼玉県道33号東松山桶川線、大串?飯島新田までのいちご農園が並んでいる区間の通称
大串毘沙門様縁日(大串毘沙門堂)2月13日
百穴温泉 東京から一番近い混浴温泉
残念なことに、高速大容量通信回線網の整備も遅れたのは事実で、東京から約50Km圏内、住宅地として著しい人口増加を遂げたにもかかわらず、ISDN回線の使用もままならない時代が続いた。
これは電話の項でも触れたとおり、吉見町は通信会社にとって不採算地域であることに現在も変わりない。その一つに、農集電話が1978年(昭和53年)まで残っていた。農集電話の全国廃止は1979年(昭和54年)であることから、末期まで吉見町では農集電話が残っていたことになる。このため、比企郡でも1983年(昭和58年)まで市内局番が1桁の時代が続いたが、その後も影響は残った。
1990年代後半、インターネットの普及はあっても、様々な事情から定額制通信サービスの利用意向数が低かったこともあり、定額制通信サービスの提供を吉見町で利用可能になるには、2001年(平成13年)末に定額制ISDNサービス開始まで待たねばならず、他の市町村に遅れること数年かかってようやく2002年(平成14年)に定額制のADSL回線(1.5M)が開通した。その後もADSLサービスの速度アップには他の市町村と比較しても大幅な遅れで開始に至るなど、通信回線の差や速度におけるデジタル・ディバイドが浮き彫りになった時代も長かった。2006年(平成18年)12月になって一部地域で光ファイバー回線が開通している(詳細は後述参照)ただし、ラストワンマイル地域とよばれる、交換局からの距離が遠い地域も多数あり、そうした地域における高速大容量通信回線網の整備が引き続き求められている。
携帯電話やPHSの回線についても、前途の理由などが大きく影響し、整備が後回しになる地域であった。PHSについては一部事業者においてサービス終了まで周辺市町村と異なり吉見町だけはサービスエリア外であったり、携帯電話についても基地局の整備が進まなかった。第三世代携帯電話では、一部の事業者において利用しにくい状態が続き、ユーザーにおいて補助アンテナを使わなければまだまだ電波が届きにくいことも事実だが、この数年ようやく基地局の整備が進み始め、近年新規参入した定額制携帯高速通信事業者でも2008年(平成20年)3月にエリア化するなど、ようやく利用状況に改善が見られ始めている。
特筆すべきこととして、光ファイバー通信網の整備を一部住民有志らの手によって実現させた経緯もある。2005年頃から、西地区住民の手により、署名活動と利用希望意向を積み重ねる運動がスタートし、一定の採算ライン(200軒以上)と見なされる利用希望意向を達成し、採算が取れると判断した事業者側により、2006年12月に一部地域で光ファイバー通信網が開通した。住民運動によって光ファイバー高速通信回線網を開通させた例としては大変非常に希な例である。
出身有名人
久保田智之(阪神タイガース)
土嶺雄一(Portland Chinooks)
福沢桃介(実業家)
若槻千夏(女性タレント)
関連項目
日本の地方公共団体一覧
外部リンク
⇒吉見町 公式サイト
⇒比企広域市町村圏組合
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