「イエス」と「キリスト」は、キリスト教成立以前の時代には別個の概念であった。
日本語の「イエス」(「イエズス」「イイスス」とも)に相当する古典ギリシア語のイエースース(?ησο??, I?s?s)は当時のユダヤ社会では普通に見られた固有名である。イエースースはアラム語イェーシューア(????, Yeshua)、ヘブライ語のイェホーシューア(??????????, Yehoshua、日本語ではヨシュアと音訳)のギリシア語音訳である。『旧約聖書』にも「ヌンの子ヨシュア」および「シラの子イエス」などの名前が見え、また同時代資料にもナザレのイエス以外の何人かの「イエス」についての言及がある。
これに対し、「キリスト(Χριστ??, Khristos)」はユダヤ教の王・祭司、転じて救済者を表すメシア(原義・香油を注がれた者)をギリシア語に意訳した語で、本来は称号である。(詳細はイエス・キリスト、キリストを参照)。
したがって、両者が結合した「イエス・キリスト」とは「救済者としてのイエス」を意味することとなる。これは厳密にはキリストの救済を信じる信者にのみ意味をなす言葉である。しかしながらキリスト教の成立と並行して「キリスト」は「イエス」の別称として用いられており、キリスト教徒だけでなく、非キリスト教徒であるタキトゥスやスエトニウスら古代ローマの歴史家たちは、「キリスト」に相当するラテン語名クリストゥス(Christus)をナザレのイエスと同義の固有名として用いている。
なお西方教会ではイエスの神性が強く意識されたためか、イエスおよびキリストが個人名に用いられることは少ない。これに対して東方教会、特に地中海世界に属するギリシャ、シリアなどでは「イエースース」(イーサー)や「クリストス」はごく普通に個人名として用いられる。
19世紀に行われた史的イエスを福音書の言行から復元する試みは、20世紀前半にかけて、聖書内に描かれているイエス像が現実性を欠くことや、また、福音書や外典のイエス伝が、大部分で相互に矛盾するといったことを理由に、一旦はイエスの実在を否定するまでに到った。一方で初期キリスト教の形成は、数々の殉教者を出した教団活動のその始点に、教団指導者への深い帰依を想定しなければ理解し難い。このため今日の初期キリスト教学・古典文献学・歴史学などでは、ほぼ誰もが一次史料を欠くにもかかわらずイエスの実在に高い蓋然性を認めている。
『新約聖書』および他のキリスト教文書から復元されるイエス像は
「ナザレのイエス」と呼ばれるユダヤ教徒の男性であり、洗礼者ヨハネの教団となんらかの関わりがあった
ガリラヤ周辺で、少なくとも1年弱、長くても3年弱の期間、宗教活動をおこなった
ローマ皇帝ティベリウス治下、ポンティウス・ピラトゥスがユダヤ属州の総督だった時(26-36年)に処刑された
などである。
イエスの実在を確証する同時代のキリスト教文書以外の一次史料は、現在も未発見である。
イエスの事績を記述するキリスト教文書(聖書)についても、現在残されているイエスに言及する最古の史料は新約聖書内のパウロの真正書簡であるが、この筆者のパウロは生前のイエスと直接には会っていない。パウロが会ったのは死して「復活」後のキリストという。他の新約の全文書については、古来イエスの直弟子たち、使徒マタイ、使徒ヨハネ、使徒ペテロなどに帰せられていた文書群は、より後の1世紀後半以降に成立したと推定されるため、これらの文書の筆者もイエスを直接には知らないはずである。
キリスト教外の文書では、フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』やタキトゥスの『年代記』等のごく一部にイエスに関する記述があるが、前者は後代の加筆を疑われており、後者は同時代史料でないばかりか、キリスト教徒(「クレストス」を開祖とする宗教)に言及したものであり、イエスの実在性の史料とするには問題を含む。
他の観点からみたイエス像
宗教的指導者としてのイエスについては、「イエス・キリスト」を
歴史的観点からみた信仰の対象としてのイエス像とその歴史的受容は、「新約聖書とイエスの歴史的受容」を
信仰の対象として、いかに信じられ、描写されてきたかは、「救世主イエス・キリスト」を
歴史上、実在したイエスの経歴については、「ナザレのイエス」を
それぞれ参照。
参考文献
ルドルフ・ブルトマン『共観福音書伝承史 I』加山宏路訳、新教出版社、1983年、7-16頁「課題と方法」
アルベルト・シュヴァイツアー『わが生活と思想より』竹山道雄訳、白水社、1959年、37-62頁「四:聖餐研究とイエス伝」「五:大学教授、イエス伝研究史」「六:史実のイエスと現代キリスト教」
田川建三『原始キリスト教史の一断面 福音書文学の成立』勁草書房、1968年、8-23頁「序論第二章 方法論」
ギュンター・ボルンカム『ナザレのイエス』善野碩之助訳、新教出版社、1961年、299-316頁「補説」
関連項目
イエス・キリスト
田川建三
カテゴリ: イエス・キリスト
更新日時:2008年7月30日(水)08:01
取得日時:2008/08/20 04:29