また、国共内戦を経て1949年に中国共産党率いる一党独裁国家である中華人民共和国が成立した後に発生した地域範囲である。本来、「中国を統治する唯一の合法(正統)な国家」は中華民国のみであったが、中華人民共和国が成立したことにより、中国は「中国を統治する唯一の合法(正統)な国家」として、全く、台湾に対する権利を主張する立場でないこの二つの政府が並立し、それぞれ権利を主張する事態となった。
なお、世界各国は「正統な中国政府」の選択に迫られることとなったのだが、米ソを中心とした冷戦下における微妙な軍事・政治バランスの中、1960年代後半に入り文化大革命やダマンスキー島事件などをめぐり顕在化した中ソ対立を元にアメリカと中華人民共和国が急接近し、その後1971年に国際連合で中華人民共和国が「中国」の代表権を取得してからは多くの国が中華人民共和国を「正統な中国政府」として承認し、中華民国はアメリカと共同歩調を取る西側諸国を含む多くの国から「正統な中国政府」として承認されなくなった。
だが、中華人民共和国を「正統な中国政府」として承認した後も、民主主義国家である中華民国との非公式な関係維持を望むアメリカや日本などの多くの国では前述のとおり中華民国が実行支配している地域を本来の状態のとおり、中華人民共和国の統治地域とは別個の「地域」と判断して、「台湾」という地域名称で呼称し始めた。
そのために、広義の「台湾」の地域範囲は主に中華人民共和国を「正統な中国政府」として扱っている国々で使用されており、日本も同様である。ただし、それらの国々では、政府の「中華人民共和国の中の台湾という地域」としての扱いと、中華民国政府が事実上独立した一国家として健在している現実との錯綜が見られる。詳細は中華民国#国名を参照のこと
詳細は台湾の歴史を参照台湾原住民・卑南族の、月の形状をした石柱。1896年頃撮影。台南市にある全台首学(台湾最初の孔子廟)台北県にある黄金神社跡地
台湾地域の歴史は、先史時代、オランダ植民統治時代、鄭氏政権植民地時代、清朝統治時代、日本統治時代、南京国民政府統治時代、台湾国民政府統治時代、そして20世紀末以降の台湾総統選挙時代に区分される。