台湾原住民族に対する研究は日本の台湾統治時代に始まる。台湾が日本領になった直後、日本にない風習を多く持つ台湾原住民に惹かれた多くの民族学者、人類学者、民俗学者達が台湾に渡った。代表的な人物は鳥居龍蔵(1870年 - 1953年)、伊能嘉矩(1867年 - 1925年)、鹿野忠雄(1906年 - 1945年?)、森丑之助(1877年 - 1926年?)らである。彼らは平埔族の集落を訪ねたほか山々の村落を巡り、台湾原住民が独自の生活風習を保っていた時代の調査報告や写真を残し、それらは現代においても台湾学術界に引き継がれ貴重な史料となっている。ただしこの時期の研究には植民地支配という背景もあって、同時代の欧米の人類学同様人種差別的な要素も少なくなかった。
オーストロネシア語族(マラヨ・ポリネシア語族)のインドネシア語派に属する諸言語を話している。このことから、台湾原住民族はもともとインドネシア・フィリピン方面から渡ってきた民族であろうとする説もあるが、台湾原住民諸語がオーストロネシア語族の祖形を保持しており、考古学的にも新石器文化は台湾からフィリピン、インドネシア方面へ拡大しているため、オーストロネシア語族は台湾から南下し、太平洋各地に拡散したとする説が有力である。
なお近年では初等教育の普及により、公用語である北京語を話せる人が多い。また日本による植民地支配期には基本的に日本語によってのみ教育が行われたため、異なる部族の間での共通語として日本語が用いられることも近年まであった。
台湾原住民族にとって入れ墨は通過儀礼の一つである。顔面や体に入れ墨を彫ることにより大人社会への仲間入りを認められるのである。現代台湾ではこの風習がなくなり、入れ墨に対して肯定的でない風潮がある。ただし外国の影響で、一部の台湾の若者にとって刺青はファッションの一種であり、西門町などに行けば若者向けに入れ墨を彫る店が繁盛している。
台湾原住民族(タオ族全体とアミ族の一部を除く)には、言語の通じない人間の首を狩る風習がかつてあった。これを台湾の漢人や日本人は「出草」と呼んだ。その名のとおり、草むらに隠れ、背後から襲撃して頭部切断に及ぶ行為である。狭い台湾島内で、文化も言語も全く隔絶した十数もの原住民族集団がそれぞれ全く交流することなく、モザイク状に並存し、異なる部族への警戒感が強かったためである。漢民族による台湾への本格的移住が遅れた要因として、この出草の風習を抜きに語ることはできないという説もある。首狩りそのものが「一人前の成人男子」の通過儀礼とされ、あるいは狩った首の数は同族社会集団内で誇示された。ただしこの習慣はほかにもマレー系、南米先住民族の一部などにも見られる。
出草は史料から見る限りでは、弓矢や鉄砲などによって対象者を背後から襲撃した後に、刀で首の切断に及ぶもので、対象と勇敢に格闘を行った末に首を切り取るというケースはあまり見られない。なお獲得した首は村の一所に集めて飾る。彼等の論理では対象者は領土侵犯を行った者である。しかし、日本植民地時代初期には、沖縄からの行商の女性たちが山野にて出草の被害者となるケースが多かった。
乙未戦争で日本が台湾を征服し、領有してからは、台湾総督府による理蕃政策により首狩りの風習は犯罪行為として厳しく禁じられた。しかし原住民族蜂起の鎮圧に際して、蜂起を起こした原住民に対する出草を容認(黙認)することを見返りに、他の原住民に協力を求めるケースも多かった。特に霧社事件後に行われたタイヤル族鎮圧の際には、霧社事件で日本人殺害にかかわった者の首に高額の懸賞金をかけ、出草を煽った。
霧社事件が沈静化して以降、出草は減少する。これは出草に対する取締りが厳しくなったこともあるが、皇民化教育・理蕃政策の進展によって「日本人」「文明人」というアイデンティティを持たされた原住民らが、出草という風習を放棄したとする説もある。
台湾総督府史料などを基にした説によると1896年(明治29年)から1930年(昭和5年)までの間、出草の犠牲者はおよそ7000人に上るとされている。なおこれらの犠牲者は、原住民同士によるものを除くと、多くは台湾平地漢人であったようである。
日本統治時代末期になると出草はほとんどみられなくなるが、完全に出草という風習が消滅するのは中華民国時代になってからである。
出草をめぐる阿里山原住民に関する呉鳳説話は、清朝時代末期につくられ、日本統治時代に広められて有名になったが、1980年代以降の原住民族権利運動の過程で、その差別性が糾弾され、現在では話題にならなくなりつつある。
参考文献
日本順益台湾原住民研究会・編『台湾原住民研究への招待』風響社、1998年、ISBN 4938718197
外部リンクウィキメディア・コモンズには、 ⇒台湾原住民 に関連するカテゴリがあります。
⇒行政院原住民族委員会(中国語)
⇒順益台湾原住民博物館(中国語)
⇒平埔族群文化資訊網(中国語)
⇒原住民10民族紹介(英語)
台湾原住民
伝統的な区分高山族 | 平埔族
現存族群
タイヤル語群タイヤル族 | タロコ族 | セデック族
パイワン語群アミ族 | パイワン族 | ブヌン族 | プユマ族 | サイシャット族 | サオ族 | クバラン族 | サキザヤ族
ツォウ語群ルカイ族 | ツォウ族
バタニック語群タオ族
消失族群
パイワン語群バブザ族 | ホアンヤ族 | ケタガラン族 | パポラ族 | パゼッヘ族
カウカット族 | シラヤ族 | タオカス族 | 雷朗族 | マカット族
カテゴリ: 台湾原住民
更新日時:2008年8月26日(火)13:06
取得日時:2008/08/30 03:04