台湾の文学
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現代主義と郷土写実主義

朝鮮戦争の停戦とアメリカによる援助の影響を受け、1960年代の台湾社会はヨーロッパ文化・思想の影響を受けることとなった。これは政治経済面での一部開放以外に、文学でも実存主義]やシュルレアリスムが隆盛となり、現代主義に代表される文学作品が数多く発表された。代表的な作家としては小説『?子』を発表した白先勇、現実社会を超越し台湾人の内面を描写した小説『我愛黒眼珠』の七等生、ヨーロッパの価値観の優位性を唱えた小説『家変』を発表した王文興、文学のヨーロッパ化と簡易な用字を提唱した散文『小太陽』を発表した子敏、シュルレアリスムを追求した詩集『夢、或者黎明』を発表した商禽などが挙げられる。

1970年代以降になると台湾の生活の現実を描写した作品が発表されるようになった。これらの作品は台湾の都市、農村経済、社会問題、価値概念を作品に反映させると共に深化させたものであり、郷土写実文学と一般に称され、台湾独自の文学分野が成立したと称されている。代表的な作家としては王禎和、鍾理和、鍾肇政、李喬、黄春明などがあげられ、北京語と台湾語の間に存在する障害、そして1970年代から1980年代にかけて政府により冷淡な扱いを受けながらも、既存の文学を発展させながら発展させていった。


戒厳令解除前後

1980年代になると台湾の政治環境と社会は大きな変化を迎えた。政治による制限が弱体化し、意図的に中国伝統文学の枠組みを打破し文化研究を主体とする趨勢の中、単純な題材を採用した政治文学と女性文学が誕生した。これらは単純な文学でなく、確実に台湾の現状を描写しており、21世紀以降に広く支持された文学分野となった。


政治文学

1979年美麗島事件が発生し台湾の民主化が進行、白色テロの恐怖が過去のものとなり、1986年に戒厳令解除にされ、台湾における政治の自由化という時代が政治文学の成立の前提となっている。代表的な作家としては黄凡(『ョ索』)、林双不、張大春(『将軍碑』)が挙げられ、台湾の政治の停滞期から民主化に向けた政治意識の高揚の過程を描き、省籍矛盾、国家意識などの対立、そして台湾の民主化への情熱を描写した作品が発表されている。

政治文学の最高傑作として評価されているのが龍応台の『野火集』である。卓越した手法で無政府主義に近い理念を描く、台湾の自力救済の潮流を生み出すと同時に、台湾社会の逸脱を提唱するものであった。社会逸脱はその後の政治文学に於ける代表的な描写方式となっている。


女性文学

1980年代になると女性を主題材とした女性文学が登場する。戦後台湾で女性は文学の重要な支持者であったが、純文学以外に純愛小説、瓊瑤小説など貸本業による通俗文学の支持層で特に大きな比率を占めていた。広義にはこれらも女性文学に含まれることもあるが、狭義では台湾の女性文学とは台湾女性の意識を表現した文学であり、戒厳令解除前後に新たに登場したものである。

女性文学作者としては蕭颯、蕭麗紅、廖輝英、李昂などが挙げられる。作品は女性意識を強く描写し、男女関係の本質を問いかける内容となっている。伝統的な台湾社会で不公平な地位に甘んじていた女性の地位に批判を加え、社会の理解と同情を獲得する内容となっている。したがって女性文学は伝統社会と現代社会の過渡期を描写するものであり、その面では完全に自由な文学分野とは言えない面もある。実際に女性文学は時代とともに異なる様相を呈している。そうした中、蘇偉貞、朱天文、平路、朱少麟、張曼娟などの新旧作家が女性の観点で台湾社会を考察する作品を発表している。


多元化文学

1990年代以降、台湾の文学は多元化の時代を迎えた。既存のの政治文学、女性文学、郷土文学、懐郷文学を新しい様式として再構築したほか、インターネット文学や励志文学を主体とする通俗文学が新たに登場した。また台湾の本土化が浸透したことから母語を積極的に取り入れた原住民文学、口伝文学、台湾語による作品なども重視されるようになった。その中でも台湾語による作品がこの時代背景を最も体現している分野と言えよう。


インターネットと励志文学

1990年代、「超文本文学」(hypertext literature)或いは「非平面印刷」と称されるインターネット文学が台湾で誕生、急速に普及した。その後はインターネットを媒体とした文芸活動が台湾の主流となってきた。一般的にインターネットは既存の文学の伝播方式の変化を与えるものであるといわれるが、文学概念の変化により新たな文学領域を創出し、台湾独自の新文学を創出するに至った。またその迅速な伝播性は台湾の文学を世界中の華人社会に浸透させることに成功し、痞子蔡のペンネームで『第一次的親密接触』を著した蔡智恒、『我們不結婚好??』を著した藤井樹をはじめ、九把刀、鯨向海などの作家の誕生を促し、更に作品が活字化される現象をもたらした。

また別の特徴としてはインターネットによる閲覧を前提に短編かつ軽い内容の励志文学と称される作品が主体となっている。代表的な人物としては絵本作家幾米、呉淡如、侯文詠、劉?、呉若権などを挙げることができる。これらの作者の著作は文学評論家より酷評をされることあるが、現在では現代台湾を映し出す文学作品として台湾の文学における重要な地位を占めるに至っている。また純文学に分類される都市小説作家である駱以軍、?誉翔、陳雪、阿盛、袁哲生、林耀徳、舞鶴なども、通俗文学の影響を強く受けた作品を発表している。


台湾語作品

戦後の二二八事件とそれに続き白色テロの時代、国民党の反共を国是とする抑圧された統治社会の中で台湾本島の文学は抑圧の対象となり、生存空間が奪われた時代があった。1970年代以降、国際情勢の変化と共に台湾の本土意識が次第に顕在化すると、郷土文学がその歴史の舞台に登場、台湾郷土文学論戦を経て台湾語作品が登場する環境が次第に整備されていくことになる。

戦後最も早く台湾語で詩を表現したのは林宗源であり、続いて向陽が1976年より台湾語の詩の創作に着手した。1980年代初頭には宋沢莱、林央敏、黄勁連、陳明仁、胡民祥なども創作活動に加わり、戒厳令が解除された1987年以降は政治的束縛の消滅と、それに伴い抑圧されていた文芸活動が一気に萌芽し、様々な題材を用いた小説、散文、演劇など大量の台湾語作品が発表され、陳雷、李勤岸、荘柏林、路寒袖、方耀乾などの作家が登場した。しかし1990年以前の台湾語は試験段階にあり、その用字法が一定でなく、作品も様々な方法で執筆されていた。

1990年代になると台湾語の用字法が次第に統一されるようになっり、見慣れない新字や古字が淘汰されていった。これは台湾語作品の読者層拡大の一つの要因となり、台湾の本土化が今後も進むと考えられる現在、台湾語作品はますます隆盛していくものと考えられている。


関連項目

国家台湾文学館

台湾語


注釈^ 張系国 『民族文学的再出発』、張深切 『対台湾新文学的路線的一提案』、王拓 「是「現実主義」文学,不是「郷土文学」」『台湾文学史綱』
^ 台湾竹枝詞は風土詩の代表作の一つ
^ 代表著作『台湾賦』
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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