エジプト新王国時代(第18?20王朝)
領土がナイル川流域を越えて最大版図となり、「帝国時代」とも呼ばれる。
首都:テーベ
紀元前1540年頃、イアフメス王によるヒクソス放逐,再統一(エジプト新王国時代)。
紀元前1500年頃、トトメス1世がユーフラテス河畔に進出。
紀元前1490年頃、ハトシェプスト女王の統治。
紀元前1470年頃、トトメス3世によるアジア遠征。
紀元前1360年頃、アメンホテプ4世(アクエンアテン)によるアマルナ宗教改革(伝統的なアメン神を中心にした多神崇拝を廃止、太陽神アテンの一神崇拝に改める。世界最初の一神教といわれる)。戦闘を避けたため国力が一時低下する。
紀元前1345年頃、ツタンカーメン王によるアメン信仰復活。
紀元前1300年頃、セティ1世によるアジア遠征。
紀元前1285年頃、カデシュの戦い(ラムセス2世、対ヒッタイト)。
紀元前1270年頃、ヒッタイトと和平条約。
紀元前13世紀、古代イスラエルの人々が、モーゼとともにエジプトを脱出。後に一神教のユダヤ教の元になるグループである。
紀元前1220年頃、海の民の侵入。
エジプト第三中間期(大司祭国家、第21?第26王朝)
残る1000年は、ゆっくりと衰退していく。
紀元前1080年頃、アメン神官団の長ヘリホルがテーベに神権国家を立てる。
紀元前945年頃から、ヌビア、アッシリア、アケメネス朝、ギリシャ、ローマなどの他民族支配により衰退。
紀元前730年頃、クシュ(ヌビア)王ピイ、エジプト征服。
紀元前671年、アッシリア王エセルハドンの侵入。
紀元前655年、プサメティコス1世、アッシリアから独立。
エジプト末期王朝(第27?第31王朝)
紀元前525年、アケメネス朝ペルシア王カンビュセスのエジプト征服、支配。
紀元前404年、ペルシアから独立。
紀元前341年、アケメネス朝ペルシア王アルタクセルクセス3世のエジプト再征服、支配。
ギリシャ人による王朝。
紀元前332年、マケドニア王アレクサンドロス(アレキサンダー大王)により征服される。
紀元前305年、アレキサンダー大王の死後、マケドニアの将軍がプトレマイオス1世として即位(プトレマイオス朝開始)。
紀元前30年、クレオパトラ7世自殺。ローマの属州(正確には皇帝の私領)となる。
古代エジプトでは、貴金属が貨幣として使われた。初期には金属を秤で量ってやりとりされたが、後期には鋳造貨幣が用いられた。
興味深い例としては、小麦などの穀物を倉庫に預けた「預り証」が、通貨として使われたこともある。現在の通貨と違うのが、穀物は古くなると価値が落ちるということである。したがって、この通貨は長期保存の出来ない、時間的に価値の落ちて行く通貨である。
結果として、通貨を何かと交換して手にいれたら、出来るだけ早く他の物と交換する事が行われたため、流通が早まった。その結果として古代エジプトの経済が発達したといわれ、この事例は地域通貨の研究者によって注目されている。
また、ローマの影響下で貨幣が使われるようになった結果、『価値の減って行く通貨』による流通の促進が止まり、貨幣による富の蓄積が行われるようになりエジプトの経済が没落したという意見もある。
メソポタミアとの交流
ヒエログリフの誕生については,メソポタミア(シュメール)から文字の観念が伝わり、ナイル川沿岸で独自に字形を作り出したとする人も多いが、はっきりとしたことはわかっていない。