厳罰化の背景として指摘される国民の治安に対する不安感の増大には犯罪報道の過熱化も要因とされている[2]。
1995年のオウム真理教事件、1997年の神戸連続児童殺傷事件を発端にしてワイドショー番組でも盛んに事件報道が行われるようになった。いわゆるワイドショーなどのテレビ番組において視聴率の取りやすい報道はあからさまに恐怖を煽ったり、犯人の残虐性を強調したり、被害者の悲しみや怒りを情緒的に伝える報道であり、これまでの報道番組の事実解明重視型の報道とは大きく異なっており、実際の治安状況とは乖離した社会不安を煽っているとの指摘がある(モラル・パニック、体感治安の悪化)。
昭和の安定期に比べ刑法犯の認知件数が1.4倍にまで増加していることも事実であるが、一方で殺人件数などは低下傾向にあり、そのことを報道するメディアはほとんどない。
山口県光市で起きた母子殺人事件のテレビ報道で放送倫理・番組向上機構(BPO)から「報道が一方的だ」「遺族(被害者)側に偏って、弁護側を悪とみなしている」として勧告が出されている[3]。
「この手で殺したい」「極刑を望む」といった遺族の声を繰り返しながら肯定的にアナウンスする弊害は大きく、死刑の制度の問題として論じるべきことが感情の領域に持っていかれて「こんなひどいことをした奴は死刑で当然」という声に覆われてしまうとの批判がある[4]。
共産主義勢力の急速な縮小や暴力団の摘発も現状が限界であり、組織縮小の懸念のあった警察や、冤罪事件や裏金問題などの不祥事で批判の集中していた検察が、「世直し」的なイメージの浸透、権限や威信回復をはかるために、存在意義を強調したという説もある[5][6]。
厳罰化の事例
アメリカの三振法
危険運転致死傷罪
少年法の刑事罰対象年齢の14歳以上への引き下げ
刑法2004(平成16)年12月、刑法・刑事訴訟法の改正案が成立
重大事件に対する有期懲役刑の上限を現行の20年から30年に延長
集団性的暴行罪などの新設
殺人などの死刑にあたる罪の公訴時効期間を15年から25年に延長
殺人罪の下限を3年から5年に引き上げ
割れ窓理論?軽犯罪でも厳しく取り締まり重大犯罪の発生を防ぐ。実際に新宿・歌舞伎町や札幌・ススキノで取り入れられている。
共謀罪の制定
市民有志による繁華街などの見回りの増加またはそのような市民団体・NPO法人の増加、または地方自治体が旗振り役となって自警団的団体の設立の醸成や要請
※厳罰化の事例ではないが、最近の少年犯罪の残虐さや狡猾さを訴え、加害者が20歳未満の少年であっても実名報道を行うべきという運動もみられる
厳罰化は、社会における警察権力の増大をもたらすものであって、人権の制約を強化するものであるとの批判がなされることがある。
日本では、危険運転致死傷罪が制定され、さらに飲酒運転の処罰の厳罰化に伴い、飲酒運転に起因する死亡事故は激減し、2005年(平成17年)には10年前の半数にまで減少した。
一方で、交通事故を起こした運転者が危険運転致死傷罪による厳罰を恐れたためにひき逃げや「飲み直し」による飲酒運転の証拠隠滅が増加したという指摘[7]や、銃刀法の改正による違法拳銃所持の厳罰化によって拳銃の隠し方が以前より巧妙になり、拳銃の摘発が難しくなっているとの指摘[8]もある。
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メリット
罪をより深く自覚させる(特に交通事故犯罪の厳罰化にとっては効果的であるとされる)
再犯を防止する
威嚇により犯罪を予防する
被害者がいる場合は被害者感情、遺族感情を鎮める
社会感情を鎮める(主にマスコミによる報道を通して)
統治権力・警察・検察等の威厳を高める
社会的結束を強化する
社会的規範を再確認する(特に人間関係が希薄といわれる都会や新興住宅街での自警団的組織の結成やガーディアンエンジェルスの活動など)
低コストで即効性がある(小さな政府・ネオリベラリズム)
デメリット
悪質な交通死亡事故の厳罰化(危険運転致死罪や業務上過失致死より重い自動車運転過失致死傷罪[9]の適用、飲酒運転行為のみで即免許停止。社会的制裁でいえば公務員であれば飲酒運転の発覚のみで即懲戒免職、一般企業の従業員であっても飲酒運転発覚で即解雇など)のように犯罪全体の厳罰化が進むと、殺人や傷害などの凶悪犯罪との量刑のバランスが取れなくなってくる。
教育や矯正のためのプログラムに予算や人が割り振られなくなる
被害者や被害者遺族に対する応報感情の沈静のみが強調され、実質的な保障や情報公開の必要性が隠れてしまう。