原辰徳
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年度別打撃成績

成績中の太字はその年のリーグ最多(最高)記録。


度所
属背

号試
合打
席打
数得
点安
打二

打三

打本

打塁
打打
点勝


点盗
塁盗

刺犠
打犠
飛四
球故


球死
球三
振併

打残
塁打
率順
位長

率出


1981年巨人812550747064126236222276786607270378980.26825.483.321
1982年1305424948113619133256921411604424282690.27519.518.335
1983年130571500941513243228710320940860135611117.30212.574.380
1984年130543468721301912723281773146733588117.27827.496.372
1985年1245214417912523234254941173286021042696.28325.576.376
1986年11346740670115213362508077216524257892.28313.616.363
1987年1234894338013317334258951472074465611179.3078.596.372
1988年1265294677914024131259811056006161631492.3006.555.382
1989年114459395601032202520074143302604268688.26127.506.359
1990年103425366581111712019068106404523364493.3037.519.391
1991年1275244556612213129224861253012551282785.26822.492.342
1992年1174934376111917128222771243034617711394.27220.508.349
1993年983873362877140111244483203441462977.229.369.323
1994年67227200265841141063630221221221547.290.530.364
1995年701601441329806551522111131129522.201.382.270
通算成績16976844601293116752732538231441093152825077070538508941221269.279.523.357


出典 オフィシャルベースボールガイド・日本プロ野球記録大百科


タイトル・表彰

新人王(1981年)

MVP:1回(1983年)

打点王:1回(1983年)

最多勝利打点:2回(1982年、1983年)

ベストナイン:5回(1983年、1987年、1988年、1990年、1991年)

ゴールデングラブ賞:2回(1987年、1988年)

月間MVP:3回(1983年5月、1985年7月、1989年4月)

セ・リーグ最優秀監督賞:2回(2002年、2007年)

正力松太郎賞:1回(2002年)

オールスター出場:11回(1981年 - 1988年、1990年 - 1992年)


監督としてのチーム成績


リーグ公式戦

年度チーム背番号順位試合勝利敗戦引分勝率ゲーム差チーム
本塁打チーム
打率チーム
防御率年齢
2002年平成14年巨人831位14086522.623-186.2723.0444歳
2003年平成15年3位14071663.51815.5205.2624.4345歳
2006年平成18年884位14665792.45123.5134.2513.6548歳
2007年平成19年1位14480631.559-191.2763.5849歳
2008年平成20年 50歳

※1 太字は日本一

※2 2002年から2004年までは140試合制

※3 2005年から146試合制

※4 2007年から144試合制


ポストシーズン

年度チーム大会名対戦相手勝敗
2002年巨人日本シリーズ西武ライオンズ4勝0敗
2007年セ・リーグクライマックスシリーズ
2ndステージ中日ドラゴンズ(セ・リーグ2位)0勝3敗


監督通算成績

570試合 302勝260敗8分

Aクラス3回、Bクラス1回

リーグ優勝2回、日本一1回


エピソード

この記事に雑多な内容を羅列した節があります。
事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか整理・除去する必要があります。
このタグは2008年1月に貼付されました。


現役時代

監督時代の応援歌は現役時代と同じ。1985年までの初代応援歌は背番号にちなんで『エイトマン』の主題歌だった。第一次政権として最後の試合となった2003年10月7日の阪神戦(甲子園)では、巨人の応援団は誰が打席に立っていても原の応援歌を流し続けた。

ルーキー時代の1981年、明治のプリンCM、1982年には読売新聞のCM(試合の映像を使用、ナレーション:徳光和夫(当時日本テレビアナウンサー))に出演していた。

入団して数年間、富士重工業スバル・レオーネのCMに岩崎宏美と共にイメージキャラクターとして起用された(両者はスバル360と同じ1958年生まれ)

1982年のファン感謝デーでは当時大人気のタケちゃんマンに扮した。ブラックデビル江川卓

守備位置は主に三塁、新人時代の一時期に二塁、のち外野、一塁を守ったが、新人時代のオールスターでは掛布雅之を三塁として起用するため、遊撃として起用された。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki