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大戦後から現在まで館山に上陸中の米軍

1945年9月3日敗戦に伴い、米軍が富津・館山に上陸県内各地に展開し、武装解除と日本軍施設及び一部の公共施設が進駐軍に接収された。同年十月に千葉市に進駐、千葉県庁本館二階に占領政策のため本部が設置された。翌年の1946年7月には千葉軍政部に改称、1949年11月まで、GHQの軍政下におかれる。また、県内各地の特攻隊基地震洋桜花回天海竜蛟竜S特攻部隊等)や館山海軍砲術学校陸軍習志野学校をはじめとする旧日本軍関係施設が進駐軍によって調査される。 ※日本の占領時代については「連合国軍占領下の日本」を参照。

県内各地で、食糧難から買出し者が集まり、闇市が自然に発生する。戦中から戦後にかけて東京方面などから多数の空襲被災者が千葉県(主に葛飾地域)に流入し、浮浪者が増加、都市部を中心に治安が一時、悪化する。また、住居不足が深刻化し、被災者用の住居建設や開拓農地開発営団 習志野事業部による習志野開拓などの救済事業が実施される。成田国際空港幕張新都心東京湾アクアライン

1950年以降、東京湾沿岸の埋め立てをはじめ、県内各地での開発本格化する。東京湾沿いには、京葉工業地域が建設され、重化学工業が発展する。首都近郊県の責務からベッドタウンの開発が進み、いわゆる『千葉都民』が急増する。県内の主なニュータウンとしては、海浜ニュータウン成田ニュータウン千葉ニュータウンなどがある(千葉県のニュータウン一覧)。また、東京に近い好立地を活かして、湾岸沿いを中心に谷津遊園(1925-1982)、船橋ヘルスセンター(1955-1977)、マザー牧場(1960-)、東京ディズニーランド(1983-)などの大規模レジャー施設が数多く誕生した。

1978年には新東京国際空港(現在の成田国際空港)が開港、1989年には幕張メッセがオープン。周辺地域は大きな発展を遂げたが、戦前まであった房総らしい、風景情緒など観光資源の数多くが失われてしまったという意見も若干ながらあり、『三番瀬埋め立て問題』が発生し、堂本暁子知事の時に埋め立てが中止された。また、近年、千葉県では、成田空港の存在と東京近郊の立地を生かし、『観光立県ちば推進ビジョン』を作成し、『花と海』をテーマにイメージアップを図ろうしているが、あまりインパクトが無いという意見も存在する。堂本暁子(民選知事第7代)

1997年には、東京湾アクアライン木更津-川崎間)が開通、半島の流動性が高まり、今後の発展のための布石となるかどうか注目されている。

なお、経済発展の一方で、日本各地において、公害が発生し、社会的に大きな問題となった。千葉県も例外ではなく、1950年代以降の急激な開発による人口増加と未熟な行政政策[7]、環境技術の未発達のため、生活排水や工業排水、農薬などが、県内各地の河川[8]などに流入、東京湾などでは、水質汚染が一時、深刻な問題となり、海洋資源にダメージを与えた。また、工場による工業用水の地下水を過剰汲み上げした事による地盤沈下が深刻化し、船橋市では昭和49年に「地盤沈下非常事態宣言」を発令する。マイカーブームによる排気ガスの増加や、工場などから排出される煙などによる、光化学スモッグゴミ焼却によるダイオキシン問題等の大気汚染などの環境問題も深刻化した。近年においては、印旛地域などを中心に産業廃棄物感染性医療廃棄物硫酸ピッチなどが田んぼや山林に埋められるなどの、不法投棄も問題になっている。このため、千葉県では、環境系のNPO市民団体を積極的に支援したり、平成20年に千葉県環境基本計画を制定するなど環境方面に力を入れる傾向が見られる。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen