十二支
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現代の十二支

今日の日本では、十二支は、人々の生活との関わりが、近世までと比べて、ずっと希薄になっている。十二支が十干のように忘れ去られずにいるのは、ただ、年賀状の図案にその年の十二支の動物が多く使われることと、人々がその生まれ年の干支によって、「○○年(どし)の生まれ」のような言い方をする習慣が残っていることの2つがあるためであると考えられる。年齢を偽ってる人が生まれ年の干支を聞かれると、本当の干支を答えてしまい年齢を偽ってる事がバレてしまうことが多い。

また、十二支に因んで、12年(=144箇月)を1回りと呼ぶこともある。


古方位

東西南北の四方位が子・卯・午・酉に配当されるのに加えて、北東・南東・南西・北西はそれぞれ「うしとら」「たつみ」「ひつじさる」「いぬい」と呼ばれ、該当する八卦から、「」「」「」「」の字を当てる(→方位)。

北東を「鬼門」、南西を「裏鬼門」として忌むのは、日本独自の風習だが、(ウシのような)角をはやし、トラの皮のふんどしをしめた「(オニ)」という妖怪のイメージは、この「うしとら」から来ていると思われる。

「辰巳芸者(巽芸者、たつみげいしゃ)」とは、深川仲町(辰巳の里)の芸者を指す。この地が江戸城の南東に位置したことから。日本橋葭町の人気芸者、菊弥が移り住んで店を構えたことに始まる。幕府公認の遊里ではないために、巽芸者は男名前を名乗り、男が着る羽織を身につけたため、羽織芸者、また、単に羽織とも呼ばれたが、鉄火で伝法、気風(きっぷ)がよくて粋であることで知られた。

船舶航行時に使われた「おもかじ」「とりかじ」という言葉は、「卯面梶」「酉梶」から来ているとする説もある。


十二生肖

十二生肖(じゅうにせいしょう)または十二属相(じゅうにぞくしょう)は十二支に()の十二の動物を当てたものである。

その内訳を見ると、牛・馬・羊・鶏・犬・豚は六畜と呼ばれる古代中国における代表的な家畜である。また鼠・牛・虎・兎・龍・馬・羊・犬・豚は漢字において意符となり、部首となっている。このうち龍のみが想像上の動物である。なお亥に当てられるのは本来、ブタであり、日本のイノシシが特殊である。これは日本で豚が飼われず、漢字の「猪」(本来はブタを意味する漢字)がイノシシの意味になったためである。

その成立時期は従来、後漢王充論衡』にあることから後漢頃とみなされていたが、1975年湖北省雲夢県の睡虎地秦墓から発見された竹簡『日書』に十二生肖の記述があり、戦国時代には成立していたことが分かっている。『日書』には「子、鼠也。…丑、牛也。…寅、虎也。…卯、兔也。…辰、(原文脱落)。…巳、蟲也。…午、鹿也。…未、馬也。…申、環也。…酉,水也。…戌,老羊也。…亥、豕也」とあり、子鼠・丑牛・寅虎・卯兔・亥豕は現在と一致し、巳蟲・申環・酉水も現在の蛇・猿・鶏と関連すると考えられている。また午鹿・未馬・戌老羊とあり、鹿が入り犬がなく、配当も異なっている。

唐代になると十二生肖を象った彫像が作られるようになり、獣頭人身で手に笏をもち文官の服を着る姿で表された。これらは墳墓の副葬品に入れる陶俑として作られたり、墓誌銘の四周に彫刻されたりした。またこれらの彫像は仏教において薬師如来の眷属である十二神将を表すのに用いられて日本に伝播し、武人像の下に十二生肖を彫刻したり、十二生肖の獣頭人身の姿で作られたりされた。また朝鮮半島には統一新羅時代に伝播し、慶州の墳墓などに見られるが、文官ではなく武官の姿に象られ、ただ十二生肖を象ったものなのか十二神将であるのかは定かではない。

また民間において紀年や人の生年を表すのに使われるようになった。特に新年を迎える際に用いられ、中国では春節(旧正月)になると新年の十二生肖にちなんだ催しが開かれ、日本でも正月のやりとりする年賀状の図案に使用される。なお各国において割り当てる動物に若干の異なりがある。


ベトナム・タイなどの十二支

ベトナムタイ王国にも十二支にあたるものがあるが、割り当てられる動物に若干の異同がある。 ベトナムでは丑は水牛、卯は、未は山羊、亥はに変わる。亥については、むしろ日本が特殊であり、亥は中国でも豚である。中国語で「猪」という単語/文字は一般的にブタを意味する為であろう(なお、日本の『古事記』などに登場する上代の「猪飼/猪甘」(いかい)を仏教普及以前の日本にも存在した豚飼いのこととする説もある)。モンゴルでは寅の代わりにを用いることがある。韓国でも豚が干支に登場している。


その他の十二支

アジアだけではなく、ロシアブルガリアなどの東ヨーロッパにも十二支の風習があることは、意外と知られていない。ただし、ブルガリアでは虎が猫に置き換わっていたりするなど、若干の差異がある。インドでは酉(とり)はガルダになっている。アラビアでは辰(たつ)はワニになっている。その代わり、ロシアの十二支はアジアのと全く同じである。


逸話

いつ頃生まれた話かは不明であるが、十二支の動物に関しての逸話がある。お釈迦様のもとに新年の挨拶に来た順番に動物を割り当てたというものである。

牛は足が遅いので早めに行ったものの、一番乗りしたのは牛の背中に乗っていた鼠だった。

鶏が猿と犬の間になったのは仲の悪い両者を仲裁していたため。

鼠は猫に挨拶に行く日を尋ねられた際に嘘をつき、実際よりも一日遅い日を教えたため、猫は十二支に入ることができなかった。それを根に持った猫は鼠を追いかけるようになった。

猫は鼠の嘘を信じて一日遅れて挨拶に行ったため、お釈迦様から「今まで寝ていたのか。顔を洗って出直して来い。」と言われ、それからよく顔を洗うようになった。

13番目であったために十二支に入れなかったイタチをかわいそうに思ったお釈迦様は、毎月の最初の日を「ついたち」と呼ぶことにした。ただし実際の「ついたち」の語源はこの逸話からではない。また、13番目の動物はカエルシカであったという逸話もある。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki