宋は国際関係においては基本的に無理を避けて、相手との妥協をする事で平和を目指している。
遼との間の?淵の盟により遼に対して毎年銀10万両と絹20万匹(後に増額されて銀20万両、絹30万匹)、西夏に対しても銀5万両、絹13万匹、茶2万斤(後に増額されて銀7.2万両、絹15.3万匹、茶3万斤)を送っている。
神宗期には新法により財政が改善した事で気を良くした神宗は西夏に対して遠征軍を出したが失敗に終わっている。
結局、宋初に定まった情勢が覆るのは金によって遼が滅ぼされる時になる。
雲南では五代十国時代に南詔が滅んだ後に大理国が建設された。大理は宋に対して朝貢を行い、恭順の意を示してきたので宋との間で良好な友好関係が築かれ、住民の間での混血が進んだ。
ベトナムでは宋初から複雑な権力闘争が続いていたが、1009年に李朝が成立した。神宗は前述の西夏と同じようにベトナムに対しても出兵しているが、これも失敗に終わっている。
日本とは平清盛の主導により日宋貿易が行われ、文化・経済の交流が行われていた。
廟号名統治年数元号
太祖趙匡胤960年-976年建隆 960年-963年
乾徳 963年-968年
開宝 968年-976年
太宗趙匡義
趙光義
趙?976年-997年太平興国 976年-984年
雍熙 984年-987年
端拱 988年-989年
淳化 990年-994年
至道 995年-997年
真宗趙?昌
趙元休
趙元侃
趙恒997年-1022年
咸平 998年-1003年
景徳 1004年-1007年
大中祥符 1008年-1016年
天禧 1017年-1021年
乾興 1022年
仁宗趙受益
趙禎1022年-1063年
天聖 1023年-1032年
明道 1032年-1033年
景祐 1034年-1038年
宝元 1038年-1040年
康定 1040年-1041年
慶暦 1041年-1048年
皇祐 1049年-1054年
至和 1054年-1056年
嘉祐 1056年-1063年
英宗趙宗實
趙曙1063年-1067年治平 1064年-1067年
神宗趙仲鍼
趙?1067年-1085年熙寧 1068年-1077年
元豊 1078年-1085年
哲宗趙傭
趙煦1085年-1100年元祐 1086年-1094年
紹聖 1094年-1098年
元符 1098年-1100年
徽宗趙佶1100年-1125年建中靖国 1101年
崇寧 1102年-1106年
大観 1107年-1110年
政和 1111年-1118年
重和 1118年-1119年
宣和 1119年-1125年
欽宗趙亶
趙?
趙桓1125年-1127年
全般・通史
「北宋史概説」(宮崎市定、『世界文化史体系12 宋元時代』、誠文堂新光社、1935年)、『アジア史研究』・全集の10に所収。
『世界の歴史6 東アジア世界の変貌』(堀敏一他、筑摩書房、1961年)