位置・地形関門海峡の衛星写真。左側が北九州市、右側が下関市。
九州の北東端に位置し、関門海峡を挟んで本州の下関市と対峙する。市の北側は日本海(響灘)に面し、東側は瀬戸内海(周防灘)に面する。
市域の南側には山地が多く、山間部一帯は北九州国定公園に指定される。カルスト台地で有名な平尾台や、「100億ドルの夜景」で知られ新日本三大夜景に選定された皿倉山などがある。
福岡県にある市町村の中で最も面積が広いが、上記の通り山地が多いため、住宅や工場など生活地域は沿岸部に集中している。
川:紫川、遠賀川
山:皿倉山、足立山、手向山、帆柱山
北九州市は気候区分の要所であり、関門海峡・玄界灘側は日本海側気候(山陰地方と同じ)、周防灘側は瀬戸内海式気候(山陽地方と同じ)。関門海峡から霧が発生しやすく、日照時間が極端に短いなど、日本海型と瀬戸内海型が折衷している。
冬場は日本海(響灘)からの季節風の影響で、曇りの日が多く、雨や雪の降る日もある。関門海峡・響灘沿岸部では積雪はまれだが、小倉南区・八幡西区・八幡東区の内陸部、山間部では積雪する事もある。
夏場の梅雨明け後は、30度以上の真夏日になる日が多いが、海に囲まれているため、35度を超えるような極端な猛暑になることは少ない。
隣接している自治体
福岡県
中間市
直方市
行橋市
遠賀郡:芦屋町・水巻町
鞍手郡:鞍手町
田川郡:香春町・福智町
京都郡:苅田町・みやこ町
山口県
下関市(陸続きではないが、橋梁、海底トンネル、航路で結ばれている)
令制国においては、現在の門司区、小倉北区、小倉南区の全域と、八幡東区の東半分は豊前国(企救郡)に属し、八幡東区の西半分と、八幡西区、若松区、戸畑区の全域は筑前国(遠賀郡、鞍手郡)に属しており、別の国であった。大化元年(645年)には今の和布刈神社付近に「文字ガ関」が置かれたといい、門司の地名由来となっている。古代に九州地方を統括していた大宰府への第一の関所の位置付けである。
1871年8月29日の廃藩置県により、豊前国は小倉県に、筑前国は福岡県となった。しかし、1876年8月21日の府県合併により、小倉県は分割されて大半の地域が福岡県と合併した。それ以降、現在の市域全体は福岡県に属するようになる。
この豊前国と筑前国とも、山口市に拠点を置く西日本最大の大名であった大内氏の時代には、この大内氏により守護されており、文化圏の枠組みでは、九州よりも本州や瀬戸内海岸の文化に影響が強い。また、この界隈の基礎となった官営八幡製鉄所の建設には、明治の長州閥が深く関わっており、歴史的にも豊前と長州の2地域は密接である。
1889年の市町村制施行により、それぞれが町制を敷き、大正時代に門司市、小倉市、戸畑市、若松市、八幡市(現在の八幡東区全域と八幡西区黒崎地区のみ。八幡西区の残りの地域は昭和12、19、30年に合併)が完成した。当時より五市(場合によっては下関市、中間市を含めた七市)の合併が提起されていたが、1963年2月10日にこの5市が合併(新設合併)し、4月1日に政令指定都市となった。新市名については、合併後の新市名を住民公募した結果、1位は「西京市」だったが、京の名を含んだ名称には異論もあり[1]、2位の「北九州市」が採用された。
ちなみに「北九州」という名称は、この地域を運行していた西鉄路面電車(2000年11月全線廃止)の路線の総称として北九州線が、西鉄設立の1942年(昭和17年)から用いられていた。また市内にある北九州市立大学の前身である北九州外語大学(当時、1953年から2000年までは「北九州大学」)が1950年以来「北九州」を冠していた他に、1923年(大正12年)から国定教科書において八幡市、戸畑市の工業地帯を「北九州工業地帯」と表記されていた。