刑法学
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4.2.1 生命・身体に対する罪

4.2.1.1 殺人罪

4.2.1.2 過失致死傷罪

4.2.1.3 暴行罪

4.2.1.4 傷害罪

4.2.1.5 脅迫罪

4.2.1.6 強要罪


4.2.2 財産に対する罪

4.2.2.1 窃盗罪

4.2.2.2 詐欺罪

4.2.2.3 恐喝罪

4.2.2.4 強盗罪

4.2.2.5 強盗致死傷罪


4.2.3 文書偽造の罪

4.2.4 賄賂罪

4.2.5 有価証券・通貨偽造の罪

4.2.6 その他の諸犯罪



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古典学派(旧派)と近代学派(新派)

19世紀末のドイツを中心に刑法思想を巡る論争が発生して、各国の学会を二分した。今日の刑法理論はこの両者の思想から派生されたものである。


古典学派(旧派) (klassische Schule)

特に1840年頃を境に前期と後期を分けることがある。

18世紀末から19世紀初めにかけてイタリアベッカリーアやドイツのフォイエルバッハに唱えられ、社会契約説カントの思想を受けて、犯罪は社会や権利に対する侵害に応じて、予め法律で定めた規則によって処罰されるべきであるとした。彼らは宗教や王権が法の規定を越えて刑罰に介入することに反対した。また、市民革命当時の理念である、自由かつ合理的な理性が期待され、犯罪により得られる利益より、処罰による損失の方が大きければ、人は合理的に判断して犯罪を予防することができる、と言う心理強制による一般予防が期待された。以上の立場(特にフォイエルバッハによるもの)を「前期古典派」と呼ぶ。

だが、19世紀の中頃から意識される市民社会の変質は、「前期古典派」が期待する個人の理性のみでは犯罪の抑制が困難であると言うことが意識され、後述する「近代学派」の誕生となるが、古典派においても、個人の理性への期待から国家の指導原理が意識されるようになり、ヘーゲルの影響を受けたドイツのビンディング、ビルクマイヤー、ベーリングらが国家は道義的義務に違反したものに対しても刑罰を科することが出来るとする一方、犯罪理論の客観化に務めた。ビンディングらの主張を「後期古典学派」というが、戦前の日本では明確に区別されておらず、単に古典学派という場合には後期の方を指すのが一般的であった。

日本では、ボアソナードの弟子でもある宮城浩蔵がフランス新古典派の立場にたったが、大場茂馬によってドイツ古典派が紹介されると、瀧川幸辰小野清一郎らがその地位を受け継いだ。その後、瀧川は法益侵害説に改説し、前期旧派の立場をとることを明確にし、後期旧派の立場にたつ小野と対立した。現在では、前期旧派の立場にたつ平野龍一らと後期旧派にたつ団藤重光らが対立している。

理論の概要

刑罰権の主体となる国家を自由主義的法治国家と規定。

人間は自由意志を持つ理性的存在である(意思自由論)。

個々の犯罪行為はその自由意志の外部的実現手段である(犯罪現実主義)。

罰せられるのは、その現実的な行為に対するものである(行為主義)。

犯罪の観念はその行為的側面と結果を重視して理解する(客観主義)。

刑法上の責任は、自由意志によって反道義的行為を行ったことへの道義的非難である(意思責任・道義的責任)。

刑罰によって、一般社会の人を戒めて犯罪予防が可能となる(一般予防論)(前期旧派)。

犯罪により得られる利益よりも、刑罰により失うものが大きければ、合理的な判断により人は罪を犯さなくなる。


刑罰は道義的責任ある行為に対する応報として犯罪者に課せられる害悪である(応報刑論)(後期旧派)。

刑罰によって、国家的な法秩序の維持が可能となる(法秩序維持論)。

危険性を前提とした保安処分は刑罰とは性質は異なる(二元論)。


近代学派(新派) (moderne Schule)

19世紀中期から後半の社会・経済の急激な変動は、犯罪の増加をもたらし、理性的な人間像を前提に犯罪や刑罰を観念的に唱える古典主義への批判として、実証的方法によって犯罪をとらえて対処しようとするロンブローゾからリストに至る近代学派が登場した。イタリアの精神科医であったチェザーレ・ロンブローゾは人間の身体的特徴と犯罪を結びつけて生来的犯罪人説を唱え、多くの批判を受けつつも、犯罪の抑止には市民革命的な自由意思における心理強制が期待できないという主張は、現実社会における犯罪現象の解釈として十分な説得力を有するものであった。この人類学に犯罪起因を求める(生来性犯罪者・慣習犯罪者・機会犯罪者などと犯罪者の人間性そのもので区分する)方法(「犯罪人類学」)は、フェリやガロファーロらに引き継がれ、「イタリア学派」「実証学派」に発展する。一方、ドイツのリストは生物学的視点に社会学的視点を加え、さらに目的主義的思想を加えて、近代学派の理論を完成させた。彼は「イタリア学派」の生物学的観点のみからの犯罪原因説を否認する一方でフォイエルバッハ同様、ベンサムイェーリングの社会功利主義的目的思想を継承し、刑法における目的思想を重要視している。刑法の応報刑化に反対し、法益保護と法秩序の維持を目的とし、社会を犯罪行為から防衛しながら犯罪者による再度の犯罪を予防することを重視する。犯罪を行為ではなくその行為を行う者の問題と捉えて、犯罪の原因を社会的要因と個人的要因に分けて考えた。前者は政府の社会政策で後者は個々の刑事政策で解決に導いていくべきであると主張した。また、客観的に把握できない主観的要素で刑罰が左右されて罪刑法定主義が否定されかねないという主張に対しては、刑事政策が刑法とその諸原理を超越することは許されない(「刑法典は犯罪者の大憲章である」)として、無原則な刑事政策を否認した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki