キャラクター・世界観の設定においては、『スケバン刑事 (実写版)』や『ケータイ刑事』のように現役女子高生が刑事であったり、『富豪刑事』のように大富豪の孫娘が刑事であるなど、現実社会では有り得ないような設定の物や、『ロボット刑事』、『宇宙刑事ギャバン』からはじまる宇宙刑事シリーズや、『特警ウインスペクター』をはじめとするレスキューポリスシリーズなどの様に特撮ドラマでなおかつ刑事ドラマであるというものもある。
『探偵物語』の様に主人公が探偵等の場合、あるいは『サイコメトラーEIJI』の様に特殊能力の持ち主の場合、そのストーリー展開の都合上殺人事件などを取り扱うことが多く、また刑事と行動を共にし、事件解決までの過程を描いていることから広義には刑事ものあるいは刑事ドラマとして扱うこともあり、ミステリードラマとの境界が曖昧である。例えば、『TRICK』では、刑事・殺人・謎解きと刑事ドラマの要素が多く含まれるが通常は刑事ドラマとは呼ばない。更にこれらのミステリードラマには、事件の関係者が刑事ではないのに「まるで刑事のように」捜査を行うので比喩として番組タイトルやドラマ内等で「刑事」と言う呼称を用いる作品がある上(例:大家族デカ、スチュワーデス刑事、OLポリスなど)、「刑事」とは呼ばれない警察組織の人間(鑑識や科学捜査研究所等の後方支援部門、あるいは交通部門の制服警官、警備部門のセキュリティポリス、管理職たる署長や警察事務職員である会計課員等)や国鉄の鉄道公安職員が主役の場合でも、刑事ドラマと呼ぶことが多い事が、線引きを複雑化している。
更に、刑事ドラマであってもすべてが刑事側から描いたものではなく容疑者(必ずしも犯人ではない)や被害者の側から描かれるものもあり、どこまでを刑事ドラマに含めるかの線引きが曖昧である。たとえば『逃亡者 RUNAWAY』は、刑事ドラマと呼んでも問題はなさそうであるが、『Mの悲劇』は刑事ドラマには含めないのが通常である。
刑事ドラマにおいては、制作テレビ局や制作会社のほとんどが在京であると言う事もあり、警視庁あるいは神奈川県警察の管内を舞台とすることが多い(関東圏以外で一番多いのは京都府警察管内。これは京都に撮影所が存在するため)。主人公を一人の刑事、もしくは特定の警察署刑事課員とする事が多いため、こと連続ものに於いては一警察署の管轄内でばかり短期間に凶悪犯罪が多発してしまう。このため、事件その物は東京近郊で発生させ、逃走を図った容疑者を追跡する、あるいは事件の真相解明の為に地方に出向く等して、物語の舞台に幅を持たせる事がある。又、同様に多く使われる手法としては、他県警からの協力要請に基づき地方に出向く、休暇中に訪れた先で事件が発生する等がある。特に後者の場合は、その舞台が海外となる事も少なくない。舞台を所轄警察署とせずに警察本部の捜査第一課や架空の広域捜査専門部署などに設定されることも多い。2時間ドラマにおいては地方の警察を主な舞台にしていることが多くなってきている(代表例:信濃のコロンボシリーズ…長野県警察)。人口規模でもトップ3に入る大阪府警察や愛知県警察が舞台になることは近年ではほとんどなく、2000年代以降は皆無に等しい。
劇中に登場する警察署は実在しないケースが多い("西"新宿署など)が、最近では実在の警察署が用いられることもある。なお都道府県警レベルでは通常、実在の名称が使われるが、稀に県及び県警本部ぐるみの組織犯罪を扱う場合、イメージダウンを避けてか架空の県名が用いられる場合もある(代表例:Gメン'75スペシャルにおける甲南県警察(劇中の位置からして山梨か静岡)…パトカーによる一般市民ひき逃げや証拠隠滅による殺人未遂など)。
刑事ドラマはその性格上、殺人事件等の凶悪な事件を取り扱うことが多く、犯罪、特に少年犯罪(『TEAM』は少年犯罪を題材にした刑事ドラマ)等の増加は刑事ドラマの流行に影響されているとする説もある。それは特に2時間枠の「サスペンス枠」に顕著であり、平日昼に再放送されるサスペンスドラマに対して批判が集まることがあり、児童・生徒の下校時刻と被る場合もあり、PTAなどから批判もある。尤もこの種の批判に対しては、ゲームやアニメへの同様の批判と同じく科学・統計的根拠に乏しく、特に視聴者層などの要件を鑑みても、刑事ドラマやサスペンスドラマにおける犯罪描写と少年犯罪との因果関係を証明するのは困難であるとする声も多い。
また、1990年代前半までの作品(かつてヒットした「非情のライセンス」「大都会」「太陽にほえろ!」「西部警察」「あぶない刑事」など)では捜査・取調の過程で警察官が暴力を振るうシーンなどが頻繁に描かれていた。そのため「警察は暴力的である」というイメージを植え付ける根源ともなった。これらの作品はいわゆる刑事ドラマのエポックメイキング的存在で、これ以降殆どの刑事ドラマに影響を与えている。これらのドラマの警察描写は世間市民に警察に対するダーティイメージを与えた。そのため、警察はこれらの番組をあまり良い形で受け取っておらず、警察広報も難色を示したり抗議したこともあるといわれる。反面、両番組を見たことで憧れを持ち実際に警察官となった者も少なくはなく、「現実的でない分、却って割り切って見ることができる」と好意的な警察官も存在し、視聴者の大多数も刑事ドラマをあくまでフィクションに過ぎないと認識しているのだが、実態に即した物と受け止める視聴者も少なくなく、警察のイメージダウンにも繋がっている側面は否めない。
90年代後半以降、警察官が暴力を振るう場面は自白を強要されたといった冤罪を題材にした2時間サスペンス作品やシーンでよく見られる(連ドラもので、刑事が暴力を振るう時は、容疑者などがよほど被害者に対して傷つける言動を述べた時に一発お見舞いする程度になっている。この場合だと殴られても仕方ないという風にもっていけるため)。多くの刑事ドラマでの警察描写は実態とはかけ離れたものが多く、「取調べでは暴力を振るって自供させるのが当たり前」といった誤解を生じさせたため(取調室という密室の中で大声で怒鳴りつけたり、机を叩いたりして被疑者を威嚇するなどの行為は実際の取調べでも行われている事が確認されており、自白の任意性に疑問が持たれるとして公判廷で大きな問題となっている)、快く思わない警察関係者も少なからず存在するという。
現在の刑事ドラマの骨格が作られたとされる'70年代当時は、社会全体に'60年代安保や全共闘などと言った「政治の季節」の残滓が色濃く残っていた時代でもあり、いわゆる「反体制映画」の全盛期であった。そのため警察官を主人公としながら、しかし警察や時には政府すら告発するかのようなストーリーを持つ事も多い当時の刑事ドラマに対しては、犯人逮捕時や取調べ時の過激な暴力描写なども含めて最初から警察のイメージダウンを意図して挿入されていたとする主張も存在する。