出典:『内務省史』第1巻、大霞会編、1971年
年次勅任奏任判任雇員傭員その他計
1885(明18)3755771274
看守 7652694
1906(明39)1565333459872
1919(大8)2118577217272705
年次勅任奏任判任雇員傭人その他計
1928(昭03)3537812992871(4583)
1935(昭10)33626198242136649嘱託 29113794
1942(昭17)37668244757327976嘱託 34917209
内務官僚出身の著名人
相川勝六
安倍源基
有松英義
粟屋仙吉
生悦住求馬
石破二朗
石原幹市郎(福島県知事・参議院議員・自治大臣)
大麻唯男
大久保利武(大久保利通三男、大久保利謙の父)
大橋武夫
奥野誠亮
小倉正恒
小野寺五一
鬼丸勝之
海原治
加々美武夫
萱場軍蔵
唐沢俊樹
北村隆
菅太郎(第二次池田内閣経済企画政務次官)
後藤新平
後藤文夫
後藤田正晴
小林與三次
鈴木俊一
鈴木馬左也
竹内藤男
田澤義鋪(青年団の父、公明選挙)
館林三喜男
床次竹二郎
中曽根康弘(内閣総理大臣)
灘尾弘吉(内務次官、衆議院議長)
秦野章
林敬三
原文兵衛(特高警察課長、警視総監、参議院議長)
平岡定太郎(福島県知事、樺太庁長官 三島由紀夫の祖父)
藤枝泉介
船田中
町村金五
松本学(内務省警保局長 / いわゆる「革新官僚」)
村田五郎(内閣情報局、大政翼賛会、群馬県知事)
宮田光雄(福島県知事、内閣書記官長 警視総監、大政翼賛会興亜総本部長))
守屋栄夫
安井英二(勅選議員、文部大臣、厚生大臣、近畿地方総監)
横溝光暉
吉國一郎
吉田茂 (内務省出身)
「内務」という内政全般を想起させる名称や、戦後GHQによって解体させられたという経緯から、内務省には「強大な権力を有して内政全般を取り仕切っていた」というイメージが先行しがちである。しかし実際には明治初頭の行政事務が未分化な時代を除き、他の省庁と同様に自らの所管事務(地方、警察、土木、保健などの内政事務)について権限を有していたのみで、他の省庁の所管事務に対して安易に口出しすることができたわけではない。軍や司法省などとも相互に人材を出向させ、緊密な意思疎通をしていたとも言われるが、ゴーストップ事件では陸軍との間に対立を起こし、また二・二六事件では反乱軍によって警視庁が占拠されるという事態も起こっている。また、警保局による思想統制・弾圧などの印象が強いが、地方局による都道府県の勧業政策や都市計画局・国土局・都市計画地方委員会による近代的都市計画制度の導入と実施など政策も実施されている。
なお、内務省の存在と警察の権限との間には、常に関係性があるというわけではない。警察が持つ権限の強さは警察権の執行に関する諸法令の内容によって決まっており、日本のように諸法令(治安維持法、治安警察法、出版法、新聞紙法など)の立案や改正の主体となった国家もあるが、米国のように内務省が警察業務を所管していない国家も存在する。一方でロシアのように内務省が国内軍(日本の警察における機動隊とは異なり、軍隊同様の組織、武器を有する)を管轄している場合もある。