「内務」という内政全般を想起させる名称や、戦後GHQによって解体させられたという経緯から、内務省には「強大な権力を有して内政全般を取り仕切っていた」というイメージが先行しがちである。しかし実際には明治初頭の行政事務が未分化な時代を除き、他の省庁と同様に自らの所管事務(地方、警察、土木、保健などの内政事務)について権限を有していたのみで、他の省庁の所管事務に対して安易に口出しすることができたわけではない。軍や司法省などとも相互に人材を出向させ、緊密な意思疎通をしていたとも言われるが、ゴーストップ事件では陸軍との間に対立を起こし、また二・二六事件では反乱軍によって警視庁が占拠されるという事態も起こっている。また、警保局による思想統制・弾圧などの印象が強いが、地方局による都道府県の勧業政策や都市計画局・国土局・都市計画地方委員会による近代的都市計画制度の導入と実施など政策も実施されている。
なお、内務省の存在と警察の権限との間には、常に関係性があるというわけではない。警察が持つ権限の強さは警察権の執行に関する諸法令の内容によって決まっており、日本のように諸法令(治安維持法、治安警察法、出版法、新聞紙法など)の立案や改正の主体となった国家もあるが、米国のように内務省が警察業務を所管していない国家も存在する。一方でロシアのように内務省が国内軍(日本の警察における機動隊とは異なり、軍隊同様の組織、武器を有する)を管轄している場合もある。
外部リンク
⇒内務省人事一覧
⇒内務省組織変遷図
⇒総務省の沿革
戦前の日本警察(1868年(明治元年) - 1948年(昭和23年))
概要
内務省の組織 :警保局 | 高等警察 | 特別高等警察| 警察講習所