六四天安門事件
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世界各国の反応


香港の反応

全世界で六四天安門事件に最も早く反応したのは、当時イギリス植民地であるものの、その住人のほとんどが華僑で、中華人民共和国への「返還」を8年後に控えた香港である。このような非民主的な行為をする中国共産党に抗議デモが起こった。

1989年6月5日には、香港のほぼすべての学校や企業、政府機関が公式に譴責・哀悼を行っており、たとえば学校では、小学校なども含んで校長や教師が泣きじゃくりながら声明を読み上げ、学生を率いて黙祷をしている。テレビやラジオ、新聞、雑誌などのメディアもこれを報道している。おそらく中国共産党に打撃を与えるためか、6月5日の早朝に、香港全土にある中国銀行グループの各銀行から、一日のうちに50億香港ドルが引き出されている。また後述のように香港市民に海外移住者が増え、香港企業も海外に本社を移転する動きも出た。

同日に香港の議会が、武力鎮圧に対する譴責を全員賛成で採択。その宣言は中華人民共和国への「返還」後の今でも撤回しておらず有効であり、香港と中国共産党の基本的な政治思想の差を示している。なお、事件を契機に、香港市民支援愛国民主運動連合会が結成され、今なお中華圏最大の民主化運動組織として活動しており、香港がイギリスより中華人民共和国へ返還され、事件後20年近くが経った2007年6月4日にも同組織によって事件で犠牲になった学生らを悼む集会が香港島で開かれ[14]、5万5千人の参加者を集めた。

また、結果的に香港人のカナダオーストラリアなどのイギリス連邦諸国やアメリカなどへの移住ブームを本格的に始動させた事件となったが、その後、宗主国イギリスと中華人民共和国の間で結ばれた「返還後50年間は現状維持」の方針を受けて、「返還」後に中国共産党からの言論の締め付けなどがあるにもかかわらず、かろうじて政治的に安定している香港を評価して、多くの移民が香港に戻った[要出典]。

だがこの事件は、1997年以降の香港憲法にあたる、香港基本法の起草委員の多くが委員を辞退したことや、「中国全国人民代表大会」の香港代表が「六四事件が香港の人々の心を大きく傷つけた」と発言したことなどが象徴するような、現在の香港人の中国共産党に対する不信感の原点とも言われる。この影響で2008年北京オリンピックの聖火リレーでも中国共産党への抗議が起きている。


西側諸国の反応

多くの民主主義国の政府が、六四天安門事件における中国共産党による武力弾圧についての声名を発表した。日本アメリカ合衆国、中華民国やフランス西ドイツなどの民主主義国は、武器を持たぬ市民への「虐殺」とも言える武力弾圧に対して譴責あるいは抗議を発表し、ほとんどの当時の西側主要国が懸念、遺憾の意を示している。「遺憾の意」を示した国には、ベトナムのような社会主義国や、タイのような華僑の多い中華人民共和国の友好国も含まれている。なお政府与党ではないが、日本の日本共産党もこの事件を批判し、結果中国共産党と5年間にわたって断交している。ポーランドのヴロツワフに建立された慰霊碑

同時に多くの国が中国共産党による武力弾圧に対して抗議の意を示すため(と団員の安全を確保するため)に在中華人民共和国の外交団の撤退を始めたほか、ヨーロッパ諸国は対中兵器輸出を禁止するなど、多くの主要国が最恵国待遇の停止や武器輸出の停止などの条件付、もしくは無制限の交易の停止を発表した。また、世界銀行による中華人民共和国への融資の停止も行われた。

その後、「譴責」や「抗議」を行った国を含めて、ほとんどの国が時期をおいて中華人民共和国との外交関係の回復を行ったものの、この事件が中国共産党の一党独裁国家である中華人民共和国及び中国共産党そのものの異常性を示す例であるとして、その後の西側諸国を中心とする諸外国における同国の評価を下げる大きな原因の1つとなった。

2007年6月1日にアメリカ国務省のトム・ケーシー副報道官が、「民主化運動(六四天安門事件)に参加した」ことを理由に現在も身柄を拘束されている人々を釈放し、併せて事件の再調査を行うように中国共産党に要請した [15]


東側及び独裁国、第三世界の反応

一方、ベルリンの壁シュタージなどによって同じく自国民を圧政下に置いていた東ドイツ政府が、公式に中国共産党による武力弾圧を支持したほか、悪名高い開発独裁で有名なシンガポール独裁者リー・クアンユーも、個人的に「自分も同じ事をしただろう」という言葉を残している。

また、華僑が多く、中華人民共和国と微妙な関係下にあるフィリピンインドネシアは、事件について直接コメントせず、「(内政のことなので)事件は中華人民共和国と自国とのあらゆる関係に対して影響を及ぼさない」と発表した。


脚注^ 『チャイナハンズ-元駐米国大使の回想』ジェームズ・R・リリー著 西倉一喜訳(草思社 2006年)p.289
^ 『北京特派員』信太謙三著(平凡社新書 1999年)P.44
^ 『チャイナハンズ-元駐米国大使の回想』ジェームズ・R・リリー著 西倉一喜訳(草思社 2006年)p.291
^ 『天安門文書』張良著(文藝春秋 2002年)
^ 『北京の長い夜―ドキュメント天安門事件』ゴードン トーマス著 吉本晋一郎訳(並木書房 1993年)
^ SAPIO(2002/04/10号)特別図解『李鵬[4月来日]の「天安門流血粛清」全手口を暴く/惠谷治』
^ 『天安門文書』張良著(文藝春秋 2002年)


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki