内陸部の小盆地であるため、市の中心部における冬の最低気温は東京都心部に比して5℃ほど低く(最高気温はほぼ同じ)、夏の最高気温は同じく2-3℃ほど高いこともある。1月の平均最低気温は北関東の前橋市よりも低く、冷え込みが厳しい。
市内最高気温は39.9℃(1997年7月5日)。最低気温は-12.0℃(1960年1月25日)[7]。
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近代以降の行政区域の変遷については後述し、各時代の詳細については八王子市の歴史を参照のこと。
北条氏照が城を築いた深沢山には、牛頭天王の八人の王子神である「八王子権現」が祀られていたため八王子城と名づけられた。この城名が市名の由来である[8]。八王子城が豊臣秀吉の小田原攻めにより落城すると、この地方は後北条氏の旧領全域とともに徳川家康に与えられた。交通の要衝であるため、江戸を甲州口から守るための軍事拠点としての役割も担った。徳川家康が武田家の遺臣を召抱えて組織した八王子千人同心の根拠地となったのはそのためである。そして、江戸時代には関東各地の直轄領(御料)を支配する代官18人が駐在することとなり、武田家旧臣の大久保長安が代官頭をつとめてこの地方の開発および甲州街道の整備にあたった。その結果八王子横山十五宿は甲州街道中、最大の宿場町として、また多摩地区の物資の集散地として栄えた。
開国ののち、明治維新期以降は織物産業が繁栄した。特に生糸・絹織物については市内で産するだけでなく、遠くは群馬・秩父や山梨・長野からも荷が集まり、輸出港である横浜への物流中継地としても機能していた。
1960年代以降は、織物など繊維産業の衰退もあり、かわって東京の衛星都市としての機能が求められるようになった[要出典]。そのため、市の郊外には多摩ニュータウンなどの大規模な住宅団地や、北八王子工業団地などの工業団地が建設された。また、都心のキャンパスが手狭になった大学の移転が相次ぎ、学園都市とよばれるようになった。そのため、産学共同研究が近年は盛んである。市の西部の高尾山、陣馬山などの山々は観光地やハイキングコースとして人気があり、また中村雨紅の生誕地にある『夕焼け小焼け文化農園』なども行楽客を集めている。
八王子市の人口構成の特徴は、学生が多いため若年層が多い。八王子市役所によると、11万人の学生と5千人の教員が八王子市に通っている[9]。
八王子市と全国の年齢別人口分布図(比較)八王子市の年齢・男女別人口分布図
■紫色は八王子市
■緑色は日本全国■青色は男性
■赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査(2005年)
行財政改革、ごみ有料化の実施などの環境対策、中心市街地の活性化など各種産業の振興が主な行政課題となっている。
八王子市議会は定数40人で、(任期満了日:2011年4月30日)。市議会議長は高木順一(自民系会派)(選出日:2007年5月17日)。2007年の統一地方選挙では、保守系候補が15人当選し、議会内会派・新政会を組織していたが、同年12月6日、市長選での現職を巡って、支援すべきとの13人が、新政会を離脱し「自由民主党八王子市議団」を結成し、分裂した。自民党は公明党とともに、市長に対し与党的立場を取っている。市長選後、現職を支援しなかった旧新政会の2人と民主党会派の1人が「志雲会」を結成した。[10]。
会派名議席数注
自由民主党八王子市議団13
公明党10
民主党・無所属クラブ5※1
日本共産党八王子市議会議員団5
生活者ネットワーク・社会民主党3※2
志雲会3※3
諸派1※4
※1-民主3、無所属2(そのうち自治労系1)、※2-生ネ2、社民1、※3-旧(自民系)新政会系2、民主・連合系1、※4-革新系
議会運営委員会の他、常任委員会と特別委員会がそれぞれ4つ設置されている。また、3月定例会では予算等審査特別委員会が、9月定例会では決算審査特別委員会が開かれる。
議会運営委員会
常任委員会
総務企画
厚生水道
文教経済
都市建設
特別委員会
ニュータウン対策
交通対策
中心市街地対策
少子・高齢化対策
2008年1月27日 最終投票率:34.37%
候補者名当政党推薦得票
黒須隆一当選無所属自民、公明84,877
橋本良仁無所属共産、社民、ネット63,540
民主党は支持が割れ、自主投票となった。黒須は連合東京の推薦も受けた。
論点は、高尾山のトンネル建設の是非、八王子駅南口再開発事業などの地域振興策、現職と親族企業の関係など。
(+印は在職中死去)
代氏名就任年月日退任年月日
初柴田榮吉1917年12月14日1921年12月13日
2平林定兵衛+1922年2月16日1925年2月25日
3武藤文吾1925年5月26日1929年5月25日
4秋山文太郎1929年7月8日1929年11月4日
5城所國太郎1929年12月11日1933年12月10日