2008年1月27日 最終投票率:34.37%
候補者名当政党推薦得票
黒須隆一当選無所属自民、公明84,877
橋本良仁無所属共産、社民、ネット63,540
民主党は支持が割れ、自主投票となった。黒須は連合東京の推薦も受けた。
論点は、高尾山のトンネル建設の是非、八王子駅南口再開発事業などの地域振興策、現職と親族企業の関係など。
(+印は在職中死去)
代氏名就任年月日退任年月日
初柴田榮吉1917年12月14日1921年12月13日
2平林定兵衛+1922年2月16日1925年2月25日
3武藤文吾1925年5月26日1929年5月25日
4秋山文太郎1929年7月8日1929年11月4日
5城所國太郎1929年12月11日1933年12月10日
6杢代龍喜1934年1月16日1938年1月15日
7-9関谷源兵衛1938年1月22日1942年9月1日
10深沢友彦1942年9月1日1945年9月12日
11-14小林吉之助1945年10月29日1957年2月6日
15野口義造1957年2月25日1961年2月23日
16-18植竹圓次1961年2月24日1973年2月23日
19-21後藤聰一1973年2月24日1983年12月26日
22-25波多野重雄1984年1月30日2000年1月28日
26-28黒須隆一2000年1月29日現職
行政区域の変遷(市町村制施行以後)
1889年4月1日 神奈川県南多摩郡八王子町の成立(町村制の施行)。
横山村・浅川村・元八王子村・恩方村・川口村・加住村・小宮村・由井村・由木村が成立。
1893年4月1日 東京府南多摩郡八王子町(三多摩の東京府移管)。
1917年9月1日 東京府八王子市(八王子町に市制施行。全国66番目、多摩地区では初)。
1927年11月3日 浅川村が浅川町に。
1934年10月1日 小宮村が小宮町に。
1941年10月1日 小宮町を編入。
1943年7月1日 東京都八王子市(東京都の発足)。
1955年4月1日 横山村・元八王子村・恩方村・川口村・加住村・由井村を編入。
1959年4月1日 浅川町を編入。
1964年8月1日 由木村を編入。
1971年4月1日 高月町切欠を西多摩郡秋多町(現あきる野市)へ編入。同時に秋多町雨間の一部を編入。
2006年4月1日現在の市職員数(短期契約職員を除く)は3,172人である[11]。職員数は2010年度までに2,897人とすることを目標として削減を進めており、同規模の都市や東京26市の平均と比べると市民1人当たりの職員数は少なくなっている。
市長
収入役
出納課
助役(2名)
総合政策部
行政経営部
市民活動推進部
総務部
財務部
税務部
生活安全部
市民部
健康福祉部
こども家庭部
産業振興部
環境部
まちづくり計画部
まちなみ整備部
道路事業部
下水道部
水道部
固定資産評価員
市役所事務所
中央部:八王子駅前事務所
東南部:北野事務所・由井事務所
西南部:横山事務所・館事務所・浅川事務所
西部:元八王子事務所・川口事務所・恩方事務所
北部:加住事務所・石川事務所
東部:南大沢事務所・由木事務所・由木東事務所
2007年度の当初予算規模は約3,346億円である。市債残高は2006年度末時点で2,659億円となり、ピークであった2000年度の3,184億円から525億円減少している。単年度の歳入における地方債依存度は年々低下し、2005年度では4.2%であった。市債の発行目的は主に小中学校の校舎建設や都市計画事業、住民税の減税補填の費用であった。施設整備などの投資的経費の減少により地方債の発行が抑制されたため、2007年度の歳入に占める自主財源の比率は62.8%である[12]。
2001年度のラスパイレス指数は105.0で指定都市を除く全市区町村の中では8番目に高く、東京26市の中では7番目に高かったが、給与の引き下げなどの対策によって2006年度は101.8で全国でも20位となった。2005年度決算における歳出に対する人件費比率は20.3%で、年々縮減される傾向にある。
広域行政
東京都十一市競輪事業組合 - 武蔵野、青梅、昭島、調布、町田、小金井、小平、日野、東村山、国分寺および本市の11市で京王閣競輪を開催している。
東京都六市競艇事業組合 - 昭島、武蔵野、町田、小金井、調布、および本市の6市で江戸川競艇を開催している。
東京たま広域資源循環組合 - 日の出町にある「二ツ塚廃棄物広域処分場」を運営している。多摩地域のあきる野市、奥多摩町、日の出町、檜原村を除く25市1町で構成される。
多摩ニュータウン環境組合 - 町田、多摩、および本市の3市で「多摩清掃工場」を運営している。
東京都第24区も参照
衆議院小選挙区では本市で東京24区をなす。
1996年10月の新制度による選挙以来、現職候補が当選しないというジンクスがあったが、2005年9月の総選挙では、現職の自民党候補が現職(前回は比例復活当選)の民主党候補を破って再選した。