儒教
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漢代


前漢(紀元前202年 - 8年

に再び中国は統一されたが、漢初に流行した思想・学術は道家系の黄老刑名の学であった。そのなかにあって叔孫通が漢の宮廷儀礼を定め、陸賈が南越王を朝貢させ、伏生が『今文尚書』を伝えるなど、秦の博士官であった儒者たちが活躍した。文帝のもとでは賈誼が活躍した。武帝の時、賢良文学ので挙げられた董仲舒は儒学を正統の学問として五経博士を設置することを献策した。武帝はこの献策をいれ、建元5年(紀元前136年)、五経博士を設けた。従来の通説では、このことによって儒教が国教となったとしていたが、現在の研究では儒家思想が国家の学問思想として浸透して儒家一尊体制が確立されたのは前漢末から後漢初にかけてとするのが一般的である。ともかく五経博士が設置されたことで、儒家の経書が国家の公認のもとに教授され、儒教が官学化した。同時に儒家官僚の進出も徐々に進み、前漢末になると儒者が多く重臣の地位を占めるようになり、丞相など儒者が独占する状態になる。

前漢の経学は一経専門であり、流派を重んじて、師から伝えられる家法を守り、一字一句も変更することがなかった(章句の学)。宣帝の時には経文の異同や経説の違いを論議する石渠閣会議が開かれている。この会議で『春秋』では公羊家に対して穀梁家が優位に立った。

董仲舒ら公羊家は陰陽五行思想を取り入れて天人相関の災異説を説いた。前漢末には揚雄が現れ、儒教顕彰のために『易経』を模した『太玄』や『論語』を模した『法言』を著作している。


後漢(25年 - 220年

前漢末から災異思想などによって神秘主義的に経書を解釈した緯書が現れた(「経」には機織りの「たていと」、「緯」は「よこいと」の意味がある)。 緯書は六経に孝経を足した七経に対して七緯が整理され、予言書である讖書や図讖(としん)と合わせて讖緯といい、前漢末から後漢にかけて流行した。王莽後漢光武帝も盛んに讖緯を利用している。

一方で桓譚や王充といった思想家は無神論を唱え、その合理主義的な立場から讖緯を非難している。

さて、前漢から五経博士たちが使っていた五経写本は漢代通行の隷書体に書き写されていて今文経といわれる。これに対して古文経と呼ばれる孔子旧宅の壁中や民間から秦以前のテキストが発見されていた。前漢末、劉?古文経を学官に立てようとして、今文経学との学派争いを引き起こしている。平帝の時には『春秋左氏伝』『逸礼』『毛詩』『古文尚書』が、朝では『周官』が学官に立てられた。後漢になると、古文経が学官に立てられることはなかったものの、民間において経伝の訓詁解釈学を発展させて力をつけていった。章帝の時に今文経の写本の異同を論じる白虎観会議が開かれたが、この中で古文学は攻撃に晒されながらも、その解釈がいくらか採用されている。この会議の記録は班固によって『白虎通義』にまとめられた。

古文学は、今文学が一経専門で家法を頑なに遵守したのに対して、六経すべてを兼修し、ときには今文学など他学派の学説をとりいれつつ、経書を総合的に解釈することを目指した。賈逵(かき)は『左氏伝』を讖緯と結びつけて漢王朝受命を説明する書だと顕彰した。その弟子、許慎は『説文解字』を著して今文による文字解釈の妥当性を否定し、古文学の発展に大きく寄与している。また馬融経学を総合して今古文を折衷する方向性を打ち出した。その弟子、鄭玄(じょうげん)は三礼注を中心に五経全体に矛盾なく貫通する理論を構築し、漢代経学を集大成した。

今文学のほうでは古文学説の弱点を研究して反駁を行った。李育は『難左氏義』によって左氏学を批判し、白虎観会議に参加して賈逵を攻撃した。何休は博学をもって『公羊伝』に注を作り、『春秋公羊解詁』にまとめた。また『公羊墨守』を著作して公羊学を顕彰するとともに『左氏膏肓』を著作して左氏学を攻撃した。一方で『周礼』を「六国陰謀の書」として斥けている。何休は鄭玄によって論駁され、以後、今文学に大師が出ることもなく、今文学は古文学に押されて衰退していった。


三国時代(220年 - 280年)・両晋(265年 - 420年

に入ると、王粛(おうしゅく)が鄭玄を反駁してほぼ全経に注を作り、その経注のほとんどが魏の学官に立てられた。また王粛は『孔子家語』を偽作したことでも知られる。西晋では杜預(どよ)が『春秋左氏伝』に注して『春秋経伝集解』を作り、独自の春秋義例を作って左伝に基づく春秋学を完成させた。『春秋穀梁伝』には范寧が注を作っている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki