儒教の長い歴史の間には、古文・今文の争い、喪に服する期間、仏教との思想的関係、理や気の捉え方など様々な論争があって枚挙に暇がない。
ただ現在の学術研究、特に日本における論争のひとつに、儒教は宗教か否かというものがある。現在、儒教はあくまで思想論の一種であって宗教ではない、とする考えが一般的ではある。しかし、孟子以降天意によって総てが決まるとも説かれており、これが唯物論と反する考えになっているという指摘もある。このため、儒教を思想とみなすか宗教とみなすかでは、完全に見解が分かれており、たびたび論争の焦点になっている。また、儒教を宗教として扱った場合、教義に平等思想が無い事と死後の世界の観念が無い事による死後の再評価ができない事も問題視されている。何よりも、神の存在を完全に否定している事から、宗教として扱われる思想ではない、という見解が圧倒的に多い。
中華人民共和国(中国共産党)は儒教を道徳思想としているが、前述の通り「儒教は革命に対する反動である」との理由から儒家の活動を弾圧の対象にし、大幅に制限していた。これは儒教思想が、社会主義共和制の根幹を成すマルクス主義とは相容れない存在と捉えられていたためである。
以下の項目も参照されたい。
人性論
天人の辨
義利の辨
名分論
命定論
形神論
正統論
復讐論
道統論
理気論
儒仏道論争
朱陸論争
格物致知
未発已発
良知
無善無悪
万物一体論
井田論
封建論
今文・古文
道器論
冒頭で述べたように儒教の大成者は、春秋時代の孔子である。中国では現在においても、孔子を崇敬する人は多い。中国の各地に孔子を祭る廟がある。これを文廟といい、孔子廟、孔廟ともいう。(特に魯の故地の孔子の旧居跡に作られた孔廟が有名。)中国国内の孔子廟の多くは文化大革命時に破壊されたり損傷を受けている。
日本でも、江戸時代に、幕府が儒教(儒教の中でも、特に朱子学)を学問の中心と位置付けた。そのため、儒教(朱子学)を講義した幕府や各藩の学校では孔子を祀る廟が建てられ崇敬された。湯島聖堂が、その代表である。
脚注^ 園田茂人 『不平等国家 中国--自己否定した社会主義のゆくえ』 中央公論新社、2008年5月25日、177-178頁。ISBN 9784121019509
^ 山下は「儒教の宗教的性格」(1968年、『朱子学と反朱子学』研文社、1991年所収)・『孔子を語る』(「NHKこころをよむ」テキスト、1993年)で、加地は『孔子−時を越えて新しく』(1984年、ISBN 4081850011)・『儒教とは何か』(中公新書、1990年、ISBN 4121009894)・『沈黙の宗教−儒教』(1994年, ISBN 4480051996)でその持論を展開している。
関連項目
儒学者の一覧
四書五経
十三経
漢唐訓詁学
宋明理学(朱子学・陽明学)
清朝考証学
新儒家
唐君毅
牟宗三
杜維明
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理
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分 (倫理)
外部リンク
⇒郭店楚墓竹簡の儒家思想研究 ?郭店楚簡研究序論?
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更新日時:2008年8月13日(水)05:37
取得日時:2008/08/20 10:20