井伊直弼
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脚注^ もっとも、全くなかったわけではない。延岡藩の後継候補として弟(後の内藤政義)とともに候補として名前が挙がったことはある。
^ この言葉の初出は利休七哲山上宗二が著した「山上宗二記」とも言われている
^ 長野主膳が直弼にあてた意見書の中で「現在となっては開国も仕方がないが、外国人を一定の場所(居留地)に閉じ込めて厳しく監視して商売を規制して、出て行くならそれで良し、報復するなら打ち払うべきである」と趣旨を述べ、直弼自身も安政5年1月に堀田正睦に書簡を出して「外国人の説に感服して一歩ずつ譲歩するのは嘆かわしく」「皇国風と異国風の区別を弁えるべきである」と忠告を寄せている。また、徳川将軍家に代々仕える茶坊主で強硬な保守・攘夷の論説を唱えていた野村休成を直弼が終始庇護したのに対して、通商条約締結間際になって阿部や堀田が登用した多くの開明派官僚を一橋派・南紀派を問わずに追放している。更に、安政5年11月29日に間部詮勝を通じて関白九条尚忠に自分の本意は「従来の国法(鎖国)に復することである」と述べている。


参考文献

母利美和 『井伊直弼』 吉川弘文館 ISBN 4642062866

石井孝 「井伊直弼と幕府の開国組織」(新人物往来社 編『日本の組織図事典』(新人物往来社、1988年 )) ISBN 4404015070


関連項目

江戸時代の人物一覧 - 幕末の人物一覧

井伊氏

花の生涯

埋木舎

庶子屋敷日記

士道

ひこにゃん

桜田門外の変


外部リンク

井伊直弼が見た彦根を歩く

先代:
井伊直亮井伊氏彦根藩
15代:1846 - 1860次代:
井伊直憲

先代:
井伊直亮江戸幕府大老
第12代:1858 - 1860次代:
酒井忠績
カテゴリ: 井伊氏 | 江戸の大名 | 譜代大名 | 幕末徳川側人物 | 茶人 | 武術家 | 滋賀県の歴史 | 彦根市 | 暗殺された人物 | 1815年生 | 1860年没

更新日時:2008年8月21日(木)06:24
取得日時:2008/08/24 13:35


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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