姉妹都市
姉妹都市
サン・セバスティアン(スペイン ギプスコア県)
交流都市
北海道京極町、秋田県矢島町(現由利本荘市)、滋賀県山東町(現米原市)、愛媛県朝倉村(現今治市)
親善都市
石川県七尾市
友好都市
張家港(中国)
旧丸亀藩からの城下町(市井と呼ばれていた)で丸亀市の中心市街。古くなった建物の建替えが少なく、人口は減少傾向を見せている。 かつては外堀から内は番丁(外郭)と呼ばれ、一般市民は自由に立ち入りできなかった場所である。丸亀城天守丸亀城本丸から見た市街丸亀市役所丸亀駅と広場太助灯篭と京極大橋猪熊弦一郎現代美術館通町商店街
一番丁(いちばんちょう)
丸亀城がそびえる。
魚屋町(うおやまち)
大手町(おおてちょう)
丸亀城大手門正面で、藩の頃は家老が住んだ。市役所、丸亀郵便局、簡易裁判所、中学校、私立学校などが並ぶ。市役所西隣はかつてダイエーが営業していたが、郊外に相次いだ他の大型店舗の新規出店などで撤退し、現在はパチンコ店が営業を行っている。かつては旧外堀のすぐ南側が一番丁、市役所の南端あたりが二番丁、その南側が三番丁、内堀のすぐ北側が四番丁と呼ばれていた。
葭町(かやまち)
古くは霞町とも書いた。
瓦町(かわらまち)
城北小学校がある。小学校の近くに広がる公園は外堀(東汐入川)を埋め立てたものである。
北平山町(きたひらやまちょう)
元は土居村の一部であったが、築城の際に宇多津の平山から水夫が移住し町となった。北平山、西平山、御供所で三浦という。この三浦には寺院が密集している場所があり、その周辺は寺町とも呼ばれていた。
九番丁(くばんちょう)
かつて藩に仕える武士が住み、今は閑静な宅地となっている。
米屋町(こめやちょう)
御供所町(ごぶしょちょう)
名は古代に讃留王が宇多津で大魚を討った際に、この地から水夫を供した事に由来すると伝わる。
幸町(さいわいちょう)
かつては、丸亀市役所がここにあった。旧地方(じかた)村の一部。
十番丁(じゅうばんちょう)
かつて藩に仕える武士が住み、今は閑静な宅地となっている。十番丁と城南町の境には、近年まで唯一残っていた外堀があったが、現在はここも埋め立てられ公園となっている。
城西町(じょうせいちょう)
城の西方に位置する。城西小学校の西側の地域は鷹匠町と呼ばれていた。
城東町(じょうとうちょう)
城の東に位置し、外堀を埋めた道が南北を貫く。旧外堀の中はかつて五番丁と呼ばれ藩に仕える武士が住み、明治に入ると軍用地となった。現在は概ね宅地であり、町域の中央に香川労災病院が建つ。
城南町(じょうなんちょう)
城の南方に位置する。旧地方村の一部。
塩屋町(しおやちょう)
慶長20年(1615年)3月7日に播磨国赤穂から人が移り住み塩田を拓いた事を町名の由来とする。塩業は衰えたが、地場産業であるうちわの製造が盛んであり、町工場と宅地が混在している。西本願寺塩屋別院(塩屋御坊)がある。西讃府志によれば市井(城下町)からは外れており、那珂郡柞原郷の一村である。
七番丁(しちばんちょう)
かつて藩に仕える武士が住み、今は閑静な宅地となっている。
塩飽町(しわくまち)
かつては堀側町と呼ばれていた。
新浜町(しんはまちょう)
大型商業施設や私立高校等がある。福島町とは西汐入川を挟んで西側に位置する。旧塩屋村の一部。
新町(しんまち)
福島町と浜町の間にある。町域は東西に細長く南北は狭い。かつて福島町の東(現在のみなと公園)で海水と合流していた西汐入川を埋め立てた場所。福島橋は、このあたりに架かっていたのであろう。
宗古町(そうこまち)
天満町(てんまちょう)
天満天神社が在る。もともとは今津村の小地名で、こちらも西讃府志によれば、市井ではない。
通町(とおりちょう)
商店街を持つ。
富屋町(とみやまち)
大手町と丸亀駅を繋ぐ商店街を持つが、人通りは少ない。かつては兵庫町と呼ばれていたが、元禄4年に現在の名前に改称された。
南条町(なんじょうまち)
寺院が多く寿覚寺、宗泉寺、本照寺、法音寺などがある。西讃府志によれば上南條町、下南條町に分かれていた。
西本町(にしほんまち)
本町の西にある。旧船頭町。
西平山町(にしひらやまちょう)
元々は鵜足郡津野郷土居村の一部であったが、築城の際に宇多津の平山から水夫が移住し町となった。
八番丁(はちばんちょう)
かつて藩に仕える武士が住み、現在は閑静な宅地となっている。
浜町(はままち)
西汐入川はこの浜へと流れ込み海水と合流していたという。広場に面して丸亀駅、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、市立図書館などが建つ。浜町の西端は月見町と呼ばれていた。