中華民国国民政府主席
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国民政府が使用した中華民国の国旗1928年12月17日に、「青天白日滿地紅旗」が中国の正式な国旗として制定された。旧総統府

国民政府(こくみんせいふ)とは、中華民国における中国国民党による政府のことである。略称は国府(こくふ)。国家元首は主席(しゅせき)。ただし日本中国では、一般的な「国民政府」の定義にそれぞれ差異がある。

日本:1925年以降に国民党が樹立した政府。中華人民共和国の意向を反映し、1925年から1949年までの間に国民党が中国大陸で樹立した政府とする場合もある。いずれにせよ、1971年に中華民国が国際連合から脱退し、その後日本との国交が断絶してからは、国民政府という呼び方は用いられなくなった。

中国:1925年の広州国民政府樹立から、1948年中華民国憲法に基づく政府が樹立(憲政の開始)されるまでの間、「訓政時期約法」に基いて国民党が運営していた中央政府の機構及びに最高行政機関を指す。

目次

1 国民政府の変遷

1.1 正統な国民政府

1.2 その他の国民政府


2 国民政府主席一覧

3 太平天国天王府跡

3.1 入場料・開館時間


4 ギャラリー

5 関連項目

6 外部リンク

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国民政府の変遷

国民政府という呼び名は、政府のあった場所の地名を冠して使われることが多い。したがって、国民政府と呼ばれるものは複数あるが、主たるものは、以下のとおりである。最も、1950年までの中華民国は常に政治的に混乱しており、その事を反映して一時的に2つの国民政府が並立することもあった。


正統な国民政府

今日の中華民国政府を基準に考えると、中華民国の歴史において、以下の5つの国民政府が正統な国民政府ということになる。
広東(広州)国民政府 1925年1926年 (主席 汪兆銘

武漢国民政府 1926年1927年 (主席 汪兆銘。ただし、正統であるのは、1927年に次項の南京国民政府が成立するまで。)

南京国民政府 1927年1928年 (最初、武漢と並立、1927年9月に武漢政府は南京政府に統合)

南京国民政府 1928年1932年北伐完了を受けて。成立時の主席 蒋介石

新南京国民政府 1932年〜(1948年1949年 (広州南京合作。成立時の主席 林森

台湾国民政府 1950年1996年 (1949年に台湾に移転してきた南京国民政府を再編成して成立)


注記
新南京国民政府の別称
武漢国民政府 1937年1938年日中戦争時に、南京政府が武漢へと遷都していた時期の呼称)

重慶国民政府 1938年1946年日中戦争時に、南京政府が重慶へと遷都していた時期の呼称)

※南京国民政府と新南京国民政府は、特に区別しない場合もある。
※新南京国民政府の蒋介石政権は、中華民国憲法に基づいて政府組織を1948年5月20日に改編し、国民政府を中華民国総統府とした。そのため、中国ではこれ以降の国民政府を、憲法に基いた正統な政府として、「中華民国政府」と呼称している。なお、中華民国支持者は、1949年以降も今日に至るまで「中華民国政府」が存続していると主張している。
※台湾における中華民国の存在を認めない中華人民共和国は、中華民国政府を「台湾当局」と呼んでいる。
※1932年1月、南京に新国民政府が成立し(南京・広州合流。主席は林森)、行政院長に汪精衛が就任した直後(1月のうち)に、洛陽への遷都を宣言し、以降、4期2中全会などを洛陽で行った。同年12月には、南京へ遷都(還都)。洛陽に政府が存在したのが一時的であったこともあり、「洛陽国民政府」という呼び方は通常なされない。


その他の国民政府

中華民国の歴史において、「その他の国民政府」とは、上記の「正統な国民政府」以外の国民政府を指す。これらは、当時の政治的な混乱を背景として、正統な国民政府と並立しながら一時的に存在していた。
1927年 武漢国民政府(1927年の南京国民政府分裂後)

1930年 北平国民政府(主席 閻錫山

1931年 広州国民政府(主席 汪兆銘


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki