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^ 『新総理 中曾根康弘の研究』139頁
^ a b 中曾根康弘『自省録-歴史法廷の被告として-』(新潮社 2004年6月) ISBN:4-10-468701-4
^ 一方で、「総理就任時、日米関係は最悪と呼べる状態だった」「自分(中曽根)が外交関係を改善した」という認識を強く持ち、公式発言でも度々重ねたことが、鈴木善幸を始めとする宏池会の逆鱗に触れ、(鈴木内閣と鈴木善幸本人への非難・皮肉とも受け取れた)二階堂擁立構想を生む原因となる。
^ ⇒旧海軍時代に慰安所つくった記憶ない( ⇒Bloomberg.co.jp)
^ ⇒慰安婦:中曽根元首相、強制動員を否認(Chosun Online 『朝鮮日報』)
^ 自著『二十三歳で三千人の総指揮官』、関連書『終わりなき海軍』松浦敬紀著、『いま明かす戦後秘史に詳しい』鹿内信隆著)
^ サッチャーの愛国心はかなりのもので、トルコのダーダネルス海峡に架ける橋の工事を日本企業が請け負った際には、サミットの開会前に中曾根の元に来て、英国の勢力圏の仕事を日本が持っていくのはひどいと抗議している。
^ ⇒第123回国会 参議院 予算委員会 第3号 平成4年(1992年)4月8日
^ 有田芳生 『「神の国」の崩壊 統一教会報道全記録』 教育史料出版会 1997年
^ 光文社 『FLASH』 2006年7月4日号
^ 三角大福(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫)の4人が権力闘争を繰り広げている間、ときには田中・大平、あるときには三木、またあるときには三木・福田、と次々に手を結ぶ相手を変えた様を評して。その後、首相在任中も頻繁に使われ、新聞の四コマ漫画にも登場した。
^ いくつもの汚職に関与した疑惑を掛けられ、その度に側近(佐藤孝行・藤波孝生)の逮捕のみ、またキーパーソンが自殺するなどして真相は闇の中となり、自身は逃げ切っている事から、藪枯らし(周囲を犠牲にして自分だけは生き延びた)と揶揄された。
^ 「塀の上を歩いていて中に落ちたのが角栄、外に落ちて勲章まで貰ったのが中曽根」の世評は有名。なお、塀とは、刑務所の塀の意。
^ 田中角栄による中曾根評。遠くから眺めている時は美しく立派に見えるが、近づいてみるとガレキ(スキャンダル、疑惑などの比喩)の山だとの意。
^ “昭和の妖怪”岸信介に擬えて。
^ 報道2001において、中曾根が語る先見性を予言者ノストラダムスに見立てて名づけられた。
^ 「めちゃ×2イケてるッ!」のコーナー「フジTV警察24時」でもフジテレビの二世社員として紹介され、目の前で本庁からの助っ人だったはなわに“中曽根の孫もフジ、オンエアできるのか?”と歌われた。また、インディーズのお笑い芸人としても活躍している
外部リンクウィキメディア・コモンズには、 ⇒中曽根康弘 に関連するマルチメディアがあります。
⇒財団法人世界平和研究所
⇒中曽根康弘 略歴
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歴代内閣総理大臣
第70代
鈴木善幸第71・72・73代
1982年 - 1987年第74代
竹下登