2005年に国民党主席の連戦らが北京を訪問。中国共産党総書記・中華人民共和国主席の胡錦濤と会談した。両党トップの会談は1945年以来60年ぶりで、台湾独立反対という姿勢で一致した。
国共内戦においては大部分が台湾に逃れたが、四川・雲南方面の部隊はタイ、ミャンマー、ラオス等に逃れ、同地の政治的混乱に乗じる形で抵抗拠点を築いた。特に内戦の激しいミャンマーでは麻薬生産等にも関わって勢力を拡張した時期もあった。しかし、国際情勢の変化や高齢化などから現在はその大半が武装解除し、現地に帰順・定住しつつある。タイ北部には国民党の集落がある。 ⇒[1]
台湾に逃れた国民党は、戒厳令を施行し、一党独裁体制を固めた。国民党以外の政党は、中国青年党、中国民主社会党などの衛星政党が存在するのみで、「便所の花瓶」と揶揄された。 蒋介石を批判する側は(台湾において使用例は少ないが民進党関係者が)党国体制・(日本おいて台湾独立運動家を中心に)擬似マルクス・レーニン主義体制と呼んでいる。
国民の間では、政治的な話題はタブーとなり、たとえば鉄道職員に台北〜高雄間を走る特急「自強号」の名前の由来を尋ねるだけでも口を噤まれる状況があった(「自強」は中華民国の国連脱退時のスローガン「荘敬自強、處變不驚」に由来)。このような言論自粛を、台湾では「一人一人の心の中の小さな戒厳司令部」と呼んだ。
1987年7月に戒厳令が解除され、台湾における中国国民党の独裁は廃し、民主化された。 ただし、1986年9月30日、民主進歩党が結成されたとき、国民党当局は、これを公認するのではなく、黙認する形をとった。
中華人民共和国の「民主諸党派」(中国共産党の衛星政党)の一つに「中国国民党革命委員会」がある。孫文夫人の宋慶齢を中心に、蒋介石を嫌って大陸に残存した国民党のメンバーを中心に結成された。現在の党員数は公称で6万ほど。略称は「民革」。
結成から1949年までのものを以下に掲げる。日付は開始日、カッコ内は開催地。
全大会=全国代表大会
中全会=中央(執行)委員会全体会議
1924年 1月 20日: 国民党一全大会(広州)、第一次国共合作
1924年 1月 31日: 国民党一期一中全会(広州)
1924年 8月 15日: 国民党一期二中全会(広州)
1925年 5月 18日: 国民党一期三中全会(広州)
1925年 11月 23日: 国民党一期四中全会(北京。いわゆる西山会議)
1926年 1月 1日: 国民党二全大会(広州)、西山会議派弾劾
1926年 1月 22日: 国民党二期一中全会(広州)
1926年 3月 29日: 国民党二全大会(上海、西山会議派)
1926年 5月 15日: 国民党二期二中全会(広州)、「党務整理案」を可決
1926年 7月 4日: 国民党二期臨時全会(広州)
1927年 3月 10日: 国民党二期三中全会(漢口)
1927年 9月 16日: 国民党中央特別委員会(南京)
1928年 2月 2日: 国民党二期四中全会(南京)
1928年 8月 8日: 国民党二期五中全会(南京)
1929年 3月 15日: 国民党三全大会(南京)、「訓政綱領」採択
1929年 3月 28日: 国民党三期一中全会(南京)
1929年 6月 10日: 国民党三期二中全会(南京)
1930年 3月 1日: 国民党三期三中全会(南京)
1930年 11月 12日: 国民党三期四中全会(南京)
1931年 5月 1日: 国民党三期第一臨時全会(南京)
1931年 6月 13日: 国民党三期五中全会(南京)
1931年 11月 9日: 国民党三期第二臨時全会(南京)
1931年 11月 12日: 国民党四全大会(南京)
1931年 11月 18日: 粤方国民党(広州反蒋派:主席・孫科)四全大会開催
1931年 12月 22日: 国民党四期一中全会(南京)
1932年 3月 1日: 国民党四期二中全会(洛陽)
1932年 12月 15日: 国民党四期三中全会(南京)
1934年 1月 20日: 国民党四期四中全会(南京)
1934年 12月 10日: 国民党四期五中全会(南京)
1935年 11月 1日: 国民党四期六中全会(南京)、汪精衛暗殺未遂事件
1935年 11月 12日: 国民党五全大会(南京)
1935年 12月 2日: 国民党五期一中全会(南京)
1936年 7月 10日: 国民党五期二中全会(南京)
1937年 2月 15日: 国民党五期三中全会(南京)、第二次国共合作
1938年 3月 29日: 国民党臨時全大会(武漢・武昌)
1938年 4月 6日: 国民党五期四中全会(漢口)
1939年 1月 21日: 国民党五期五中全会(重慶)
1939年 8月 28日: 国民党「六全大会」(汪精衛、上海)
1939年 11月 12日: 国民党五期六中全会(重慶)
1940年 7月 1日: 国民党五期七中全会(重慶)
1941年 3月 24日: 国民党五期八中全会(重慶)
1941年 12月 15日: 国民党五期九中全会(重慶)
1942年 11月 12日: 国民党五期十中全会(重慶)
1943年 9月 6日: 国民党五期十一中全会(重慶)
1944年 5月 20日: 国民党五期十二中全会(重慶)
1944年 9月 : 国民党五期十三中全会( ⇒[2]に記載あり)
1945年 5月 5日: 国民党六全大会(重慶)
1945年 5月 28日: 国民党六期一中全会(重慶)
1946年 3月 1日: 国民党六期二中全会(重慶)
1947年 3月 15日: 国民党六期三中全会(南京)
1947年 9月 9日: 国民党六期四中全会(南京)
1948年 4月 4日: 国民党六期臨時全会(南京)
1949年 7月 16日: 非常委員会(広州)
関連項目
孫文
蒋介石
宋美齢
蒋経国
連戦
馬英九
日中戦争
国共合作
南京大虐殺-ハロルド・J・ティンパーリ-王小亭-ザ・バトル・オブ・チャイナ