中国人民解放軍
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軍事予算

第11期全国人民代表大会第一回会議が始まるに当たって、2008年3月4日に姜恩柱報道官が記者会見を行い、中国の2008年度(1-12月)国防予算は前年度実績比17.6%増の4177億元(約6兆600億円)に上ることを公式に表明した。これは2007年末の為替レートで換算すると572億ドルになる。西側諸国の見解によれば後述の通り実際の軍事費はさらに大きいとみられるが、公表額においてもフランスを上回り、米国、英国に次ぐ世界3位の軍事費になった公算が大きい。 この発表によれば、中国の国内総生産(GDP)に占める国防費の割合は1.4%で、2008年度の国防費が財政支出予算に占める割合は7.2%である。これらの発表によると、中国は1989年度以降20年間連続で軍事支出を10%以上拡大させ続けていることになる。


このような「公表額」に対して、西側諸国の当局や専門家は、「中国政府が、所謂中国脅威論によって軍備拡張が抑え込まれることを警戒して、軍事支出が小さく見えるように操作している」との見解を持っている。現に、米国防総省/台湾国防部の議会への報告によれば、中国の為替換算「軍事支出」は2007年で1100億ドル前後で、西側諸国と軍事費の範囲定義をあわせた中国の実態「軍事支出」は中国政府発表の公称「軍事予算」の2-3倍であるとしている。このような見解の論拠は、中国の予算制度は、ミサイル開発費などの国防科学研究費や軍事教育費用が文教科学予算項目に分類されていたり、戦略核弾道弾部隊の維持費が宇宙開発予算に分類されている。また、沿岸・国境警備や内部防衛を担当する武装警察部隊の費用も公安予算に計上され、民間防衛や民兵予備役の費用も国防予算の項目に含まれていない。従って、軍事支出範囲の定義が西側より狭い中国政府公式発表軍事予算を単純に西側諸国の軍事予算と比較するのは実際の統計比較手法としては不正確であるというところにある。


このような見方に対して、一部の専門家からは反論がある。中国の国防予算の問題については、米国国防総省が冷戦後の米国国防予算の削減(2001年からは予算拡大)の時期に合わせて中国脅威論を突然主張し始めた経緯があり、米国防総省が自らの予算獲得のために中国の脅威を必要以上に喧伝しているというものである。これらの専門家からは、中国の実際の国防予算が公表額の2〜3倍であるという説は米国防総省が言い出したものであり、その事実こそ疑わしいものであるとされている。軍事予算が毎年10%以上増といっても、中国のインフレ率は10%以上の年が多かったのであり、実質的には予算増ではないといえる。インフレ率や公務員給与増を考慮すると、中国の実際の国防予算の前年比はそれほど大きいわけではないとの反論もある。米国や西側諸国も、国防科学研究費や沿岸・国境警備の予算、宇宙開発予算は、軍事予算に含んでいないのだから中国と同じであるという意見もある。。


中国の軍事支出は数字の取り方によってまちまちである。例えば同じ2007年でも大きく分けて3種類に分かれる。すなわち購買力平価軍事「支出」4400億ドル(世界1位)、為替換算軍事「支出」1100億ドル(世界2位)、為替換算軍事「予算」351億ドル(世界4位)である。為替ベースか購買力平価かによって戦力を計る上での予算の意味も変わってくるが、これは、物価の安い国は同じ予算金額で物価の高い国の数倍の軍備が購入可能という問題を指す。例えば、陸上自衛官1人の給与金額で中国兵20人を雇用可能であり、物価の違いを修正しないで単純に金額を比較しても実際の単年度軍事資産購入量と乖離してしまう。現に、CIAの各国国力・GDP分析は購買力平価で比較されていることは有名である。なお、購買力平価軍事支出で中国が世界1位になったといっても、それは新興中国軍が「単年度の増加量」では世界1位になったというだけにすぎず、過去の膨大な軍事資産蓄積がある米露両国に軍事資産蓄積=軍事力で追いつくには時間を要する事はいうまでもない。一般的には現在の購買力平価軍事支出順位が続けばロシアには2015年前後、米国には2030-2045年に追いつく可能性があると見られている。


中国人民解放軍には他国の軍隊には見られない「自力更生」と呼ばれる独特のシステムが存在した。これは、簡単に言ってしまうと、「国家などの公的予算に頼らず軍が自分で自分の食料や装備を調達する」ということである。元々は軍人が自力で耕作して食料を調達して戦い続けたことを意味するが、1980年代になると軍事費の削減によって「軍事費は軍自らが調達する」という方針が共産党からだされたことにより国の近代化と資本導入が始まったことにあわせ、軍の近代化に伴う人員削減で生み出される失業対策も含めて、各部隊が幅広く企業経営へ乗り出していた。これは1998年に中国共産党が人民解放軍の商業活動を禁止するまで続いた。イギリスBBCの報道によると、食料の90パーセントを外部からの調達に頼っているということであるが、人員規模を考慮すると、逆を返せばおよそ20万人以上の食料を自給できているということであり、他の軍隊に見られない驚異的な特徴の一つとなっているといえる。


2000年代に入ってからアメリカイギリスや日本は、中国に対して国防予算の内訳の透明性を向上させることを求めている。2008年3月4日には、日本国官房長官町村信孝が中国の国防予算について「とても周辺の国々、世界の国々には理解できない。その中身がはっきりせず、透明性の欠如は大きい」と批判した。さらに「五輪を開き、平和的に発展していこうというお国であるならば、自らの努力で(中身を)明らかにしてもらいたい」と述べ、中国の国防予算の内訳について透明性の向上を強く求めた。


歴史

対日戦争を第二次国共合作によって乗り切り、第二次世界大戦終結後の1947年9月に「人民解放軍総反抗宣言」を発表し初めて人民解放軍の名称を使用。国共内戦により中国国民党勢力を大陸から台湾へ駆逐する。これらの戦いで功績のあった軍の長老が長く君臨し、今の政治人脈に引き継ぐ事となる。

1937年-1945年 日中戦争

1946年 国共内戦が始まる。

1949年 蒋介石南京を脱出し中華民国国軍(現在の台湾軍)とともに台北へ。 国共内戦の終結。


1950年10月 朝鮮戦争に参戦。1953年まで (中国人民志願軍も参照)

1950年 チベット侵攻

1954年-1955年 第一次台湾海峡危機

1958年 第二次台湾海峡危機 (金門砲戦)

1959年9月から1962年11月まで 中印国境紛争 (中ソ対立も参照)

1969年-1978年 中ソ国境紛争

1974年 南ベトナムと西沙海戦( ⇒w:Battle of Paracel)

1979年 中越戦争

1986年-1988年 ベトナムと国境紛争、南沙海戦( ⇒w:Spratly Island Skirmish (1988))


1989年 六四天安門事件

1995年-1996年 第三次台湾海峡危機 ( ⇒w:Third Taiwan Strait Crisis) (台湾有事も参照)


国共合作から国共内戦時の構成

第1野戦軍(司令員/政治委員・彭徳懐)

第2野戦軍(司令員・劉伯承、政治委員・?小平)

第3野戦軍(司令員/政治委員・陳毅)


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki