中国共産党中央軍事委員会の下に総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部の四総部があり、その下に海軍、空軍、第二砲兵(戦略ミサイル部隊)および七大軍区が置かれている。 また国防科学技術工業委員会、軍事科学院、国防大学なども軍区級組織である。国務院の国防部は外国との軍事交流などを担当しているだけで、人民解放軍に対する指揮権を持っていない。国務院の管轄下にない解放軍はあくまで党の軍隊であり、国家の軍隊ではないとする。党と軍の関係については、憲法で中央軍事委員会の指導下にあると規定されているが党主席とは記載されていない。そのため、毛沢東など歴代の最高指導者は軍事委員会主席を兼任している。
人民解放軍が国家の軍でなく党の軍であるという立場をとるのはマルクス・レーニン主義の理論によって国家の軍隊が国家による人民を抑圧・搾取する手段であり、侵略・植民地支配の手段であると規定されるからであり、最大の暴力装置である軍隊を国家を指導する立場である党が管理するのは当然であると考えられたからである。建前上、人民解放軍は人民の軍隊であり革命を遂行・防衛するための軍隊であるとされている。しかし、マルクス・レーニン主義の本家であるソビエト連邦でもこのような理論は現実的でないとして第二次世界大戦後の1946年に赤軍を国家の軍隊であるソビエト連邦軍に改組している。
第二次天安門事件が発生した時に、人民解放軍が、民主化勢力(民主化運動に理解を示していた一部の政府中枢を含む)と共産党保守派のどちらかに付くかを、全世界が注視したが、中央軍事委員会主席の命令について民主化勢力の弾圧を行った。人民解放を冠した軍隊が人民を弾圧した光景は第一次天安門事件の時に四人組からの命令を最後まで無視した姿とは余りにも対照的であったが(四人組は最終的には民兵を動員した)、人民解放軍の行動は中央軍事委員会主席の一言に左右されている事を知らしめた。この弾圧によって、国際社会の人民解放軍を見る目がいっそう厳しくなり、中国人の中にも「人民を抑圧している軍隊」という印象を持ち、人民解放軍に失望した人がいた。しかし、その後の1998年の災害派遣での活躍等により、イメージの改善は見られている。
災害派遣の映像
詳細は中国共産党中央軍事委員会を参照
中華人民共和国中央軍事委員会も参照
主席:胡錦涛(国家主席、党総書記)
副主席:
郭伯雄(1942.07-、上将、党中央政治局委員)
徐才厚(1943.06-、上将、党中央政治局委員)
委員:
梁光烈(1940.12-、上将、前軍総参謀長)
廖錫竜(1940.07-、上将、軍総后勤部部長)
李継耐(1942.07-、上将、軍政治部主任)
陳炳徳(1941.07-、上将、軍総参謀長)
靖志遠(1944.12-、上将、第2砲兵司令員)
許其亮(上将、空軍司令員)
呉勝利(上将、海軍司令員)
常万全(1949.01-、上将、軍総装備部長)
※ 中国共産党第17期中央委員会第一回全体会議(2007年10月22日)選出
詳細は中国人民解放軍陸軍を参照
兵力140万人(2007年度)、近代化のため兵力削減傾向にあり、最新鋭戦車の生産数よりも旧式の59式戦車などの退役数が上回っているため、MBT保有数は段階的に縮小している。兵役は志願兵制をしいている。法律では不足に応じて、選抜徴兵制を実施することになっているが、不足した事は今までにない。 全体として近代化を進めつつある。陸軍は地域別の軍区に区分されるが、軍近代化により多くの軍区が削減され、現在は七大軍区制となっている。軍区司令官は所属の空軍及び海軍に指揮権を有する。
瀋陽軍区
北京軍区
蘭州軍区
済南軍区
南京軍区
広州軍区
成都軍区
装備98式戦車
62式軽戦車-59式戦車のダウンサイジング版
60式水陸両用軽戦車-旧ソ連のPT-76のライセンス生産
59式戦車-T-54のライセンス生産が起源
69式戦車-59式戦車とT-62(中ソ国境紛争で鹵獲)の融合。
79式戦車-59/69式戦車の改良型
80式戦車
85式戦車-輸出向け
88式戦車
90-II式戦車-輸出向け
96式戦車
98式戦車
99式戦車
83式自走152ミリ榴弾砲
85式自走122ミリ榴弾砲
97式歩兵戦闘車