不発弾処理は特に危険であるため、自衛隊内でも特に専門教育を修了した隊員のみ実施できる業務である。陸上自衛隊および航空自衛隊では、不発弾処理要員として一定以上の資格を持つ隊員に対して不発弾処理き章が授与される。
第二次世界大戦において空襲を受けた市街地や、地上戦の行われた沖縄や硫黄島などの各種建設現場(マンションなどの再開発、鉄道の連続立体交差工事など)や海岸から不発弾が発掘されることは現在でも珍しくなく、大規模な空襲を受けなかった京都でも戊辰戦争当時の砲弾が発掘された事例もある。これらの自衛隊外で発生した不発弾を部外不発弾と呼び、陸上自衛隊は各警察本部長から、海上自衛隊は自治体からの要請で処理にあたっている。
実際に戦争で使われたものではなく、演習場での実弾演習時にも砲弾等の不発弾は一定量発生し得る。このような物は部内不発弾と呼び、通常はただちに爆破処理されるので社会的な問題になることはない。しかし中には演習場に入り込んだ軍事マニアらが不発弾を持ち出し、演習場外で誤って爆発させてしまうという事故もごくわずかであるが発生している。
これら不発弾は所持だけでも爆発物取締罰則にて罪に問われる。過去の爆発(爆死)事故事例では、マニアが持ち出した砲弾を置物に改造しようとして、信管を外そうとしている内に誤って爆発させてしまったケースなどが報じられており、このほか爆死した自衛官の家宅捜索で違法な銃火器・爆発物収集マニア向けに加工不発弾などを販売するためたくわえられていた大量の武器弾薬が発見されたことから、周辺住民退避の上で不発弾処理班が出動したケースも2003年に報じられている(→沖縄・自衛官爆死事件)。
不発弾を発見した場合は、いつ爆発するか予測が付かないため、無闇に近付かずに最寄の警察に110番通報するなどして、専門家に任せる事が奨められる。
1992年11月4日、大分県のバイク店で爆発事故があり、店舗が焼失して地面にえぐる様に大きな穴を開けた。当初はガス爆発と思われたが、大分県警察と消防による現場検証で金属片が見つかったこと、さらに科学警察研究所で調査した結果、爆発したのは第二次世界大戦時における米軍の不発弾であることが判明した。このように戦後47年経過した時点でも不発弾が爆発することがある事件だった。
実際に市街地での不発弾処理作業が行われる場合、災害対策基本法に基づく警戒区域が設定され、周辺を封鎖して行われる。封鎖地域への立ち入りは禁止され、地域内の住民や病院に入院中の患者などは地域外への避難を余儀なくされる。特に都市部の幹線道路や鉄道路線が封鎖地域にかかる場合、道路の通行止めや列車の運行が中止されるため、影響が大きい。
弾丸の場合、銃器からこの動作不良を起こした弾丸を抜き出してからでないと次の弾丸を発射できない構造の物も多い。特に弾丸を連続的に発射する機関砲・機関銃・短機関銃・自動拳銃等ではそこで連続発射が停まってしまう物もあるため、発射トラブル(排莢不良/ジャム)となる。
ただしチェーンガンないしガトリング砲のように外部から動力を得ている物は、強制的に不発の弾丸が排除されるため、動作不良には成らない。
迫撃砲の不発射の場合、信管は作動していないが発射装薬が活きている状態となる。しかも砲身の一番下にある砲弾を専用工具を用いて砲口から取り出すという、極めて特殊な作業が必要になる。
戦車のように密閉された場所の場合、不発射弾の処理は非常に危険である。ただでさえ狭い車内で砲弾を安全に薬室から取り出さなければならないのに、それを狭いハッチから外に出さなくてはならず、しかもそれを地上まで降ろさなくてはいけないからである。
戦時中において、不発弾が問題とされるのは作戦(戦術)の可否においてのみで、特に大量の爆弾を使用している場合には、何割かが爆発しなくても、予測できる範疇内で在れば、ほとんど問題とされない。例えば爆撃において常に2割の爆弾が不発弾であるならば、2割5分多めに爆弾を積載して爆撃すればよいためである。
だがこの不発弾に「機能上に欠陥が無くとも爆発しなかった物」がある場合に、これが後々の問題となる事がある。これらは安全装置が外れた状態で爆発しないまま放置されるためである。
これらの「信管に適切に衝撃を加えさえすれば、すぐ爆発する」と云う状態は、戦争終結後にも残る可能性があり、これが戦後復興を妨げるケースがある。このような不発弾は一種の地雷のようなもので、何年も放置された結果、不注意にもこの不発弾を発見した人が衝撃を与えてしまい、被害を受けるケースも発生する。
爆弾は通常、鉄製の容器に火薬を充填しており、特に戦乱の長く続いた地域で発生する資源不足の折に、スクラップとして鉄製品にリサイクルするというケースも聞かれる。だが信管を処理する段階で失敗、爆発させてしまってスクラップ業者等が爆死すると云う事件も報じられている。また畑等に落ちた爆弾を処理しようと掘り起こしていて、被害に遭うケースも聞かれる。余禄ではあるが、米国は日本に対して第二次大戦の際に焼夷弾を大量に使用し、この中には発火に失敗してそのまま残った物も在った。これにはマグネシウムが使用されていた。第二次大戦当時の日本では生活に必要な鍋釜といった調理器具でさえも徴発して兵器の製造に充てたため、深刻な金属不足に見舞われていた。そのような状況下で横行した悪徳商法の中には、一見アルミニウムのように見えるマグネシウムを加工して鍋釜を作り、これを売ると云う信じられないようなケースもあったという。これらマグネシウム製の鍋釜の中には、火に掛けられた途端に発火して、跡形も無く燃え尽きた事まで在ったようだ。
これらは一つずつ航空機から落していた時代よりも、クラスター爆弾のような大量の爆発物を撒き散らして四散する爆弾の方が、後々に残る不発弾の量的な問題も多く、かつての紛争国での大きな問題となっているため、禁止せよとする議論も盛んである。(→クラスター爆弾の項を参照されたし)
戦時中の不発弾の問題に関して、爆弾をわざと劣化しやすいように設計して、一定期間経った物は爆発しないようにするという設計思想もある。