上野駅
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東京地下鉄

東京地下鉄 上野駅
東京メトロ・JR側の出入口(2005年4月6日撮影)
うえの - Ueno
所在地東京都台東区東上野三丁目
所属事業者東京地下鉄(東京メトロ)
駅構造地下駅
ホーム各2面2線(計4面4線)
乗降人員
-統計年度-211,749人/日
-2007年-
開業年月日1927年昭和2年)12月30日
乗入路線 2路線
所属路線○銀座線
駅番号○G 16
キロ程2.2km (浅草起点)
?G 15 上野広小路 (0.6km)(0.7km) 稲荷町 G 17?
所属路線○日比谷線
駅番号○H 17
キロ程15.0km (中目黒起点)
?H 16 仲御徒町 (0.5km)(1.2km) 入谷 H 18?
■Templateノート・鉄道PJ)

銀座線は相対式ホーム2面2線の地下駅。ホームから改札口までのエレベーターはホームの浅草方の端に設置されており、また浅草側に改札口からJR連絡階へ通じるエレベーターがある。

銀座線には駅の至近に上野検車区があるため、ラッシュ時には当駅を始発・終着とする電車がある。

日比谷線は相対式ホーム2面2線の地下駅。出口階段はホームの前後にあるが、ホームから改札口へ通じるエレベーターは中目黒方面が中央に、北千住方面が仲御徒町寄りにある。また、中目黒方面には別に改札口が設置されている。また、中目黒寄りには、非常時用の渡り線が設けてある。

銀座線の渋谷側改札口から地下の連絡通路を経由して、京成電鉄の京成上野駅に連絡している。

普通乗車券や回数券で銀座線と日比谷線を乗り換える際には、一旦乗車券が回収されずに出口に戻る、乗り換え専用のオレンジ色の改札を出る必要がある。


のりば

銀座線と日比谷線の番線表示は続き番号ではなく、両線ともに1、2番線である。

1○銀座線銀座赤坂見附表参道渋谷方面
2○銀座線浅草方面
1○日比谷線日比谷六本木中目黒・■東急東横線 菊名方面
2○日比谷線北千住・■東武伊勢崎線 北越谷東武動物公園方面


詳細

当駅は、東京と行き来する東北地方北信越地方の人々にとって長らく東京の表玄関の役割を果たして来た。そのために文学歌謡曲の分野で当駅を扱った有名な作品がいくつかある。石川啄木の『故郷の訛り懐かし停車場』で始まる短歌は有名である。また、井沢八郎が歌った『あゝ上野駅』の歌碑が広小路口にある。1999年に使用を停止した後に線路を撤去した18番線は、集団就職で「金の卵」ともてはやされた東北地方からの若者を乗せた上京列車の到着ホームの一つでもあった。

中央改札上には、1951年(昭和26年)展示の、猪熊弦一郎作の壁画『自由』が掲げられていて、当駅を代表する光景ともなっている。その下にはLED列車案内表示器が設置されているが、かつては、東北・奥羽・磐越西線は緑(杜の都・仙台をイメージ)、高崎・上越線は黄(越後平野稲穂をイメージ)、高崎・信越線はピンク(信州りんごをイメージ)、常磐線は青(太平洋の海をイメージ)、東北新幹線大宮開業時に設定された「新幹線リレー号」はクリーム色と、方面別に色分けされた木製の案内板が使用されていた。

グランドコンコースには朝倉文夫作のブロンズ像『つばさの像』、広小路口には『三相』がある。『つばさの像』は1958年、初の東北特急「はつかり」運転開始と当駅開業75周年を記念して台東区が寄贈し、当初は広小路口に設置された。

バブル期に磯崎新設計による地上300mの超高層駅ビルに建て替える構想があったが、その後のバブル崩壊と東北・上越新幹線の東京駅延伸による乗降客の減少などから、現在は立ち消えになっている。

南満州鉄道大連駅函館本線小樽駅、および樺太庁鉄道(のち樺太西線)の真岡駅は当駅を模したとされる[要出典]。

戦後、周辺地域で地下水を汲み上げ過ぎたために地盤沈下が発生し、周辺の地下水利用が制限されている。そのため、逆に地下水が余剰となってしまい、床下等に合計3万トンものを設置し、浮き上がりによる駅構造の変形を防いでいる。


利用状況

JR東日本 - 2007年度の乗車人員は1日平均181,099人である。JR東日本の駅の中では川崎駅に次いで第13位。

東京地下鉄 - 2007年度の乗降人員は1日平均211,749人である。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen