三浦市
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年表

1870年(明治3年)城ヶ島灯台が設置される。

1881年(明治14年)ニュージーランド石炭船「ウェリントン号」が三戸にて難破。

1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により三浦郡三崎町、南下浦村、初声村が発足。

1901年(明治34年)浦賀から三崎までの乗合馬車が開通。

1913年(大正2年)三崎町に電灯がともる。

1934年(昭和9年)三崎町に水道が開通。

1940年(昭和15年)4月1日 南下浦村が町制を施行。

1955年(昭和30年)1月1日 三浦郡三崎町、南下浦町、初声村の2町1村が合併、市制施行。広域地名を採用し三浦市となる。当時の人口は約5万1000人。

1960年(昭和35年)4月16日 城ヶ島大橋が開通。

1966年(昭和41年)7月7日 京急久里浜線三浦海岸駅まで開業。

1974年(昭和49年)4月23日 長野県須坂市と姉妹都市提携。

1975年(昭和50年)4月26日 久里浜線が三崎口駅まで延伸開業。


人口

漁業・農業が産業の中心であったことから、就業、教育面で横須賀市京浜地区への流出が著しく、昼間人口は少ない。また、居住人口は1996年を境に減少に転じ、推定値で現在5万人を下回っている。神奈川県内では南足柄市に次いで2番目に人口の少ない市である。


三浦市と全国の年齢別人口分布図(比較)三浦市の年齢・男女別人口分布図
■紫色は三浦市
■緑色は日本全国■青色は男性
■赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査2005年


行政

平成13年度からスタートした「第4次三浦市総合計画(三浦ニュープラン21)」では、2025年の将来像を「人・まち・自然の鼓動を感じる都市 みうら」としている。


歴代市長

〜2005年 - 小林一也

2005年〜 - 吉田英男


県の機関

三崎警察署


姉妹都市・提携都市


国内

姉妹都市

須坂市長野県


海外

姉妹都市

ウォーナンブール市(オーストラリア


地域

市役所周辺を除き、合併前の町村名が地名の頭についている。


教育


小学校

旭小学校

剣崎小学校

三崎小学校

初声小学校

上宮田小学校

南下浦小学校

岬陽小学校

名向小学校


中学校

三崎中学校

初声中学校

上原中学校

南下浦中学校


高等学校

神奈川県立三浦臨海高等学校

神奈川県立平塚農業高等学校(初声分校)


大学・短期大学

市内には存在しない。油壺東京大学地震研究所油壷地殼変動観測所、東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所が立地する。


産業


農業

就業人口は2,803人(2000年2月現在)。水田は少なく、三浦ダイコンスイカなど、畑作が中心である。主な作物の生産量はキャベツ39,100トン、大根75,900トン、スイカ12,100トンなどとなっており、首都圏への野菜供給地となっている。[2]


漁業

市内にある三崎漁港は遠洋漁業の拠点であり、日本有数のマグロ水揚げ港として有名である。 市内の漁船数690隻、年間漁獲金額129億2994万円(2003年11月調査)となっており、漁船の約8割が三崎漁港に属する。就業人口は764名(2005年)であり、昭和40年代と比べ4分の1にまで減少している。一方、三崎魚市場は取扱高50,742トン、取扱い金額408億720万円(2005年)と規模が大きく、三浦市の漁業は自ら漁を行う形態から市外の漁獲が集積する形態に移行してきていることが読み取れる。


交通


鉄道

市域の北部を通過しており、中心部には乗り入れていない。三崎口駅から油壺駅(仮)まで延伸する計画があるが、用地買収が難航し実現のめどは立っていない。

京浜急行電鉄(京急)

京急久里浜線三浦海岸駅 - 三崎口駅


バス

京浜急行バス

三崎営業所


道路

有料道路

城ヶ島大橋


一般国道

国道134号


都道府県道


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen