上述のような「やむを得ない」一人内閣とは別に、(過去に例がなく極端な想定となるが)理論上は首相が自らの意思で、一人内閣を「利用する」ためにその状態を生じさせることが可能である。具体的には、首相には閣僚罷免権があるところ、仮に首相の何らかの方針に対して全ての閣僚が激しく反発し職務の遂行(閣議での署名等)を拒むような事態が生じた場合に、それでも首相がこれに妥協することなく全閣僚を罷免して自らそれらの職を兼任・臨時代理して閣議を成立させ政務を遂行する、というようなことがあれば、その状態を指して「一人内閣となってでも政策を断行した」と表現することが可能である。特に、政界の最大の関心事とされる衆議院解散に関しては、首相以外の全閣僚が解散に消極的又は反対しているような状況下であっても、全員罷免による一人内閣で解散の閣議決定を成立させることが可能であるため、衆議院解散権は首相の専管事項と呼ばれる。
一人内閣状態においては、内閣の構成員が一人だけとなるため、内閣総理大臣が欠けた場合又は事故がある場合にその職務を行うこととされている内閣総理大臣臨時代理(閣僚の中から指定)が存在せず、内閣の職務を行うことが不可能になる、という問題がある(内閣官房副長官補、各府省事務次官などの事務方はいるため政府の「事務」は遂行できるが「政務」の遂行が機能不全となる)。
過去の一人内閣
片山内閣 1947年5月24日(午後5時親任式) - 6月1日(認証官任命式)
即日、各省大臣臨時代理の発令を行い、加えて5月27日に物価庁長官事務取扱を発令したが、他の大臣庁等の長官・総裁の事務取扱は発令せず。
第2次吉田内閣 1948年10月15日(正午親任式) - 10月19日(午後6時認証官任命式)
即日、各省大臣臨時代理の発令に加え、全ての大臣庁の長官の事務取扱を発令(地方財政委員会委員長については、委員長職の前提となる委員の地位が補職でなく任命を要するレベルのものであったため事務取扱等の発令なし。当時の内閣官房長官は国務大臣の充て職ではなかったため、同長官に関しても発令の必要なし。)
石橋内閣 1956年12月23日(午前11時親任式 - 午後8時50分認証官任命式)
即日、各省大臣臨時代理の発令に加え、全ての大臣庁等の委員長・長官の事務取扱を発令(当時の内閣官房長官は国務大臣の充て職ではなかったため、同長官に関して発令の必要なし。)
羽田内閣 1994年4月28日(午前8時55分親任式 - 午後6時15分認証官任命式)
即日、各省大臣臨時代理の発令に加え、全ての大臣庁等の委員長・長官の事務取扱を発令(内閣官房長官空席時に行われたものとしては唯一の内閣官房長官事務取扱発令事例[1])
脚注^ 内閣官房長官海外出張時の内閣官房長官事務取扱発令は1992年4月10日、1994年10月29日、1995年9月3日の3例あり。
関連項目
内閣
代理#日本の行政組織における職務代理
カテゴリ: 日本の内閣
更新日時:2008年6月11日(水)04:54
取得日時:2008/08/26 05:54